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私の名前はジロギン。

ブログ主・ジロギンが日常についての雑記、営業職の仕事について、ハンターハンターの考察記事を書いています。ハンターハンター記事が一番オススメかも。

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食べ終わったラーメンの器はカウンターの上の段に上げるべきなのか?

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私の名前はジロギン。


昨日の昼間は頭がおかしくなりそうなくらい暇だったので、散歩に行ってきた。
歩くだけでも健康に良い。この連休はブログばかり書いてたから、少しくらい運動をした方が良いだろう。

 

 


体感的には5〜6kmくらい歩いた気がする。でもだいたいこういう時って、その半分くらいしか歩いていなかったりする。


何km歩いたか、それもまぁ大切なのだが、気分の持ちようだ。病は気からというように、気分を変えるために歩くということが最重要なのだ。5〜6km歩いたと実感できることが健康につながる。そう、私は頑張って歩いた。

 

 


頑張って歩いたから、油そばを食べることにした。ん?健康のために歩いたのに、ガッツリ油そばなんて食べちゃ本末転倒じゃないかって?
ふふ、細かいことは気にしなくて良いんだよ。歩いた分食べる。それでいいんだ。

 

 

 

本題はここから。
私はラーメンでも油そばでも、食べ終わったら大体カウンターの上にあるなんか器を受け渡しする段に器を返すようにしている。
昨日もそうした。
でも、これは別に義務ではない。義務ではないが、これをやるとお店の人から「恐れ入ります」と言われるのだ。


正直、カウンターのちょいと上の段に器を上げたところで、お店の人が片付ける労力にほとんど大差はない。しかし「恐れ入ります」と言ってくれる。私はそう言われるのが嬉しくてやるのだが、この行為自体に意味はあるのだろうか?私は無意味な行為が好きではない。


お店の人の心境を知りたい。
本当に心の底からありがたく思っているのか?それとも、幼稚園児が散らかしたオモチャをオモチャ箱に返すのを見て、保育士さんが「あら〜上手にお片づけできましたね〜ありがとうねぇ〜(それくらいできて当然じゃあないか!)」みたいな、そういう心境で行っているのだろうか…だとしたら私は相当恥ずかしい。


しかしお店の人としても、仮に器を上げる行為に対して本当にありがたいと思っていたとして、上げなかった客に対して、


「おいおいおい〜!あんたさぁ、ラーメンを食べ終わったら器をカウンターの上の段に上げましょうってママから習わなかったのかぁ〜4歳の時によぉ〜?」


とは言えないだろう。客が、別に店員としては片付ける労力には変わらないとはいえ、ちょっと気を使って器を上にあげたら「恐れ入ります」と言うのが、接客というやつだ。

 

 

つまり、やはり建前なのだろう。器を上に上げるのに対してお店の人が言う「恐れ入ります」は建前なのだろう。お客さんは神様だから、一挙手一投足に対してありがたがる(フリをする)という精神のもと接客しているはず。
とんでもなく厄介な客だろうが何だろうが、ありがたがる精神を表に見せ続けなければならない。接客とはそういうものなのだろう。

 

正義と悪のように、ラーメンを食べた後の器をカウンターの上の段に上げる行為が正しいか否かはわからない。
これは客自身がどう判断し、どう行動を取るか。お店の人に自分をどう思ってもらいたいかによると思う。


もし自分がお店の人の立場だったら、手間に変わりがあろうがなかろうが、カウンターの上に器を上げてくれるお客さんに好感が持てる。なんだかんだ「恐れ入ります」と言ってしまう気がする。
だから私はこれからもラーメンの器をカウンターの上に上げよう。そう、上げることで、自分の、何というか、心の在り方も、一段上のランクに上げられる気がする。

 


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