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私が嫌いだった「トマト」を克服出来た理由

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小さい頃は食べ物の好き嫌いが多かったという方は、多いのではないかと思います。

 
小さい頃に限定しなくても、大きくなってからでも好き嫌いが多い方はいらっしゃいます。
人それぞれ永遠の課題として嫌いな食べ物の存在が立ちはだかっているかもしれません。
 
私は小さい頃、「トマト」が大の苦手でした。小学校に上がるまで、家庭でほとんどトマトを食べてこなかったこともあり、初めて給食に出た時に、乗り越えねばならない障害として立ちはだかりました。
 
トマトソースやらケチャップやらなら全然大丈夫で、むしろ大好きなのに、トマトはダメでした。やはり青臭さとドロッとした食感がダメだったんでしょうね。
 
当時の小学校のクラスでもトマト嫌いな子がかなりいました。正直、ピーマンやタマネギが目じゃないくらい、私のクラスでは抜群にトマトが嫌われてました。嫌われている先生より嫌われてました。
 
 
 
しかし今では、というより小学2年生になる頃には、私はトマトを克服していました。
なぜ克服できたかというと、1年生の時の先生の影響が非常に大きかったからです。
 
その先生は私がこれまでの人生で出会った人の中でトップ3に入るくらい怖い人でした。
女性の先生でしたが、めちゃくちゃパワフルな方でした。
 
その先生は勉強以上に生活面を重んじていた節があり、特に食事については厳しく指導されました。
お箸の持ち方や利き腕と逆の手は机の上から出すなど…今思うとそういったテーブルマナーを教えて貰えたことは、大人になってからとても役に立っていて、ありがたいことだなと感じています。当時は私も含め怒られる子が続出し、「恐怖の給食タイム」と化していましたが。
 
 
 
先生に対して特に恐怖に感じたのは
 

「食べ物を残してはならない」

 
という制度。
もちろんアレルギーで食べられないなど特別な事情がある場合は食べなくても問題はなかったのですが、単なる食わず嫌いに対しては必ず食べるようにという制度がありました。
 
この制度から逃れる術は2つ
 
食べる切る時間切れを狙うか
 
前者は言わずもがな、後者は給食の時間が終わり、片付けが完全に終了するまで断固として食べずに、「もう時間だから仕方がない、食べなくていい!」と先生が言うまで粘るということです。
 
休み時間まで食べるまで片付けてはいけないということはなかったかと思いますが、結構片付けギリギリまで挑戦させられていたと思いますので、食べないと休み時間が削られるのは確かでした。
 
 
 
トマトは大体月に1〜2回出たと記憶しています。私は毎月発行される給食の献立表を、月初に確認し、「トマトの日」を警戒していました。事前に知っておかないと、いざトマトが出た時に心の準備が出来ておらず、普段の8.7倍くらい嫌な気分になるので、トマトの日の把握は必須でした。
 
 
 
迎えたトマトの日!私はトマトが出た時にどうしていたかというと………
 

食べてました!涙目になりながら食べてました!

 
先生が怖かったというのもありますが、クラスのトマト嫌いたちが一様に時間切れを狙って粘っている中で、自分だけがトマトを食べて片付けを始めたら、めちゃくちゃかっこいいんじゃないか?という考えがあったからでした。
 
その虚栄心みたいなものが、毎回私をトマトから逃げず、戦わせてくれていたと思います。
 
それに私はそこそこ負けず嫌いで、トマトを食べずに終わるというのが、トマトより嫌だったというのもあるかと思います。
 
そんな感じで1年間毎月頑張ってトマトを食べていたら、不思議なことにトマトが普通に食べられるようになっていました。
補助輪を外して、何度も何度も転んで、自転車に乗れるようになるように、トマトも食べ続けたら食べられるようになったのです。
 
もしかしたら先生はこの流れを狙っていて、私はまんまとハマってしまったのかもしれません。
だとしたら、なんとも甘い罠だったなと思います。
 
 
 
 
ただひたすら嫌いなものに対して「食べろ!」というのでは、頭ごなしで子供たちも食べてくれないでしょうね。
「食べたら得られるその先にあるメリット」を提示してあげることが嫌いな食べ物を克服するために重要だと思います。
 
私の場合のメリットは「食べたらみんなより抜きん出られてかっこいい!」という虚栄心でした。
 
その子にとって何がメリットになるかを見極めてあげる必要はありますが、そこはパパママ先生ガミガミおじさんの腕の見せ所ではないかと思います。
 
 
 
 
 
 
 
かなり荒療治で克服したトマトでしたが、まぁ子供の頃から無理やり食べさせる必要はないとも思います。
 
私が母からも好き嫌いに対してはそこそこ教育を受けており、そんな中で言われたことは
 
「大人になると味覚がだいぶ変わる。子供の頃食べられなかったのが不思議なくらい食べれるものが増える」
 
ということでした。
 
当時は「それは舌を宇宙人にキャトルミューティレーションされて別のものと交換されたからじゃないか?」とか考えていたのですが、多分そういう事ではないです。
 
私も幼き頃と今とでは全く味覚が変わりました。多分キャトルミューティレーションはされていないはず…寝ている間とかにやられていたらわからないけど。
 
 
 
 

トマトの他にも私は「納豆」が苦手でした。食べられないわけではなかったのですが、別に自ら積極的に食べようとはしませんでした。

納豆については本当に、つい2ヶ月前くらいまでそんな感じでしたね。
 
ある日会社の同僚と居酒屋のランチに食べに行ったときのこと。定食に納豆が付いてきたのです。まぁ食べなくても問題なかったのですが、私は小学1年生の時の先生の教訓が残っていて、基本的に食べ物は残しません。ですので納豆をご飯にかけて食べました。
 
すると何ということでしょう…
 

う…美味すぎるっ!なぜ私はこんな美味いものを見逃してきたんだっ!?
私は納豆を見逃した人だったのか!ちくしょうっ!

 
と思うほど、納豆に感銘を受けて、今ではすっかり納豆好きです。まるで一目惚れに近い感情が湧きあがってきています。
 
休日などは、朝にコンビニで3パック入りの納豆と3パック入りのご飯を買ってきて、3食納豆とご飯で過ごします。これで十分!それくらいハマってます。特にファミリーマートの納豆が好きです。
 
 
 
私が納豆好きになったのは間違いなく「大人になって味覚が変わったから」です。
味覚が変わるきっかけとしては「お酒が飲めるようになったから」ということがあるかと思います。
 
子供の頃は苦手でも、大人になったら食べられるようになっているということは間違いなくありえる事だと思います。
 
 
 
 
 
さらに母は、
 
「ただ、嫌いな食べ物を食べられるようになるには、まず挑戦して食べてみなければならない。だから食わず嫌いはいけない。」
 
とも言っていました。
 
確かにまず食べてみなければ、食べられるかどうかなんてわかりません。
嫌いなものを口に運ぶというのは勇気が要りますが、案外、そのハードルさえ超えてしまえば、すんなりと食べられる…かもしれませんね。
 
 
こんな話をしていたら思い出しました。
 
私の好きな映画「ハンニバル」で、主人公?の猟奇殺人鬼「ハンニバル・レクター教授」が、映画ラストシーンで、飛行機内に持ち込んだ自分の謎のカップに入った食べ物を、不思議そうに見ていた少年に食べさせるシーンがあります。
 
レクター教授はカニバリズム、すなわち「人の臓器や肉を食べる」性癖の持ち主で、その食べ物も「人の体の一部」だとされています。
少年に食べさせる時にレクター教授は
 
「私は母からまず挑戦してみる事が大切だと教わった」
 
的な事を言っていました。
 
 
…アレ?私も同じような教育を受けて来たぞ…
 
 
 
 
 
 
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