私の名前はジロギン。

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【夢物語】引き下がれない偽物の事情

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髪が伸びてきたので、僕は床屋に来ている。
高校生の頃から5年くらい通っている床屋。
ヨボヨボの白髪のおじいさんが1人で経営している床屋で、あと何年店がやっているかもわからない。


おじいさんもボケているわけではないが、5年も通っている僕の事はいつまで経っても覚えてくれない。こんな小さいお店に、5年も通い続けているなんて優良顧客だろうに。


僕はおじいさんが今髪を切っているお客さんおじさんが終わるまで、長椅子に座りスマホをいじっていた。


「はい出来ましたよぉー。はいじゃあ帰ってくださいねぇ、お金を置いてさぁー。」


おじいさんは髪を切り終わるとお客さんにこのように言う。せっかく来てくれたお客さんに対して「金置いて帰れ」ってのはひどい言い草だ。サービス業に向いてないのではないかと思う。


おじさんはお金を払って店を後にした。
次は私の番だ。長椅子から立ち上がった時、おじいさんが私に声をかけてきた。


「ちょっとお腹痛くて。トイレ行くから待ってもらっていいかな?」


お腹をさすっている。自分の髪を切っている時に、おじいさんがウンコを漏らし、そのウンコが地面に落ちて跳ね返って僕の髪についたら最悪だ。
僕はおじいさんにトイレに行く事を許可した。

 

 

 

 

10分は経ったが、おじいさんはトイレから一向に出てこない。
だいぶお腹が痛かったと見える。もう10分は出てこないだろう。
僕は椅子から立ち上がった。そして髪を切るための道具が置いてある台に近づいた。


床屋さんの道具には前から興味があった。何に使うかよくわからないけど、スプレーとか、刀のように研ぎ覚まされたハサミとか、…うん、ハサミしか使い方わからないけど色々ある。
僕はハサミを手に取り天に掲げたりしていた。

 

 


その時、カランカランと店の扉が開いた。
ふと音のなる方向を見ると、黒髪の七三分けで黒縁メガネをかけた細身のスーツ姿のサラリーマンと思しき男が勢いよく入店し、私の目の前のカット台に腰掛けた。


「こんな感じでお願いします。」


男は自身の免許証を私に見せてきた。今より若干髪は短い男の顔写真が載っている。
どうやらこの男、僕を理容師と間違えているようだ。僕も事情を説明すれば良かったが、


「はい!かしこまりました…」


承ってしまった。

 

とにかく承ってしまった以上、僕がやらなければならない。おじいさんはトイレから一向に出てこない。見よう見まねで、やってみるしかない。

僕はシーツで男の首から下を包んだ。ここまでは合っているはず。
男は目をつむった。寝始めた。ラッキーといえばラッキー。これで僕の挙動が多少おかしくてもこの男にバレる可能性が低くなった。


とりあえずハサミを手に取り男の髪を切る。
大丈夫、毛先を少し切るだけだ。僕にもできる。
それにしてもこの男、髪を切ってもらうのにワックスで七三分けにしてくるってのはどういう感覚をしているんだ。ベタベタして切りにくい。切った髪もワックスで髪同士がくっついてしまうし、本当に切りにくい。
僕は少しイライラしていた。その時だった。
1cmを目安に切っていた髪を一部分だけ10cmくらい切ってしまった。


切ってしまった以上、辻褄を合わせるには、全体をこの10cmの部分に合わせるしかない。
男には悪いが、先ほどの免許証の写真より3倍くらい短い髪になってしまう。でも仕方がない。もう切ってしまったものは仕方がない。


僕は何とか辻褄を合わせようとした、その努力だけは褒めて欲しかったけれど、そう簡単にいかなかった。やはりプロの理容師さんというのは実力が違うなと感じた。


毛が生えている部分、生えてない部分、まばらになってしまい、大人に成りかけているヒヨコみたいな髪型にしてしまった。
もう無理だと泣き出しそうだった僕の目にとまったのは、バリカンだった。

 

 

 

 


「お会計1080円になります。」


男は1100円を僕に渡し、僕は20円を返した。
男は何も言わなかったが、明らかに頭部から髪がなくなったことにおかしさを感じていたと思う。いっその事、僕を怒鳴るなり何なりしてくれた方が良かったが、男の沈黙が逆に怖かった。
でも、床屋にいって髪を切ってもらっても、何だかイメージしたのと違う髪型にされてしまうことって良くあるし、今回はそれの究極系みたいなケースだと男には思ってもらいたかった。

 

僕は、塀の向こう側の人のような髪型になった男を見送り、再び長椅子に座り、おじいさんがトイレから出てくるのをスマホをいじりながら待った。

 

この物語は私が見た夢を元に考えたフィクションです。

 

 

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