私の名前はジロギン。

ハンターハンターをはじめとした漫画の考察や、1000円以内で出来る懐かしい遊びなど、幼かったあの頃に帰れるブログです!

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自分の力の無さを知り、考え方を見直す機会になった夜の話。

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私の名前はジロギン。

 

昨日は大学時代のゼミの友人たちと飲み会をしてきた。卒業以来会っていなかったので実に2年ぶりくらいの再会となった。

大学当時、ゼミの授業は週1日しかなかったのだが、ゼミのメンバーは2年生の頃から卒業までずっと同じメンバーだったので、高校までのクラスメイトのような存在だ。当時からよく飲み会はしていたので、週1回くらいしか顔を合わさなかったものの、だいぶ仲良く過ごしていたし、未だに顔を合わせる関係でもある。

 

当ブログでもちょいとだけ触れてきたが、私がよく飲み会をしたり、街コンに出かけたりする大学の友達というのは、当時所属していたサークルの人であることがほとんどだ。ほとんどというより100%そうだ。サークル以外の大学時代の友人たちと会うのは本当に久しぶりだった。

 

サークルの友人たちというのは、大学の時から「遊び仲間」という面が強かったため、例えば「こいつは優秀だな」みたいな、そういう価値観で見ることはまずない。優秀だろうがなんだろうが、一緒にいて気が合うとか、楽しいとかを優先して見ている。

そして、飲み会に来てくれる人というのは後輩が多いので、正直なところ「俺がキングだぜ!」という感情がなかったかというと嘘になる。自分がトップという環境に浸かっていたのだ。

しかしゼミの友人たちとなると少し話が違う。ゼミの友人たちはサークルとは違い、授業という「成績や成果物が評価される状況下」で一緒に過ごしてきた友人たちであるため、どうしても「彼、彼女は相変わらず優秀だな」、「考え方が鋭いな」というような見方をしてしまう。なんだか、どことなく緊張してしまう・・・私が一方的に感じているだけかもしれないが。

 

 

私は基本的に「人間というのは鳩なのだ。1羽が飛び立てば、状況がわからずとも他の鳩たちも飛び立つ。何も考えず周りに流される鳩と人間とは大差などないのだ。」と思って生きている節があるどうしようもない男なのだが、ゼミの友人の中には、「あー、全然敵わないなぁ。当時から全然距離が縮まってないよ。嫌になっちゃう」と劣等感を感じてしまう優秀な者もいる。話し方、物事の捉え方、立ち居振る舞いなどから「会社でも重宝されているだろうな」と感じてしまう者がいるのだ。

最近は並行世界から来たジロギンの力を借りて、仕事でだいぶ成果を出している私。営業成績的にも社内で向上し始めている。そんな環境にいると「自分は優秀だぜ、ドヤァ」と思ってしまうが、そうではない。私は自分の会社という巣の中で優秀というだけで、一度会社を出れば私より優秀な人間なんて山のようにいるので。仕事もそうだし、ブログもそうだし、勉強や肩書きなどもそうだ。

最近仕事の調子も良かったので少し傲慢になっていた部分があったと思う。ゼミの友人たちに再会したことで、

「自分がいかに小さなコミュニティだけで価値を定めていたか反省しなければならない。世の中には自分よりはるかに優秀な人がたくさんいる。自分のいるコミュニティの中ではなく、もっと外に目を向けなければならないな。」

と改めて思い知らされた・・・いやいや、同窓会的な場所で何を打ちひしがれていたのだろうな私は。楽しかったのは間違いないのだが、どうしてもこの感情に支配されてしまっていた。

 

 

 

人間の世界と動物の世界は別物のように考えられているが、実はそんなに大差ないとも思う。人間の世界にも動物の世界にも「優秀な者が勝ち、能力の低い者が負ける」という単純な仕組みが根底にあると思うのだ。

動物の世界だと「負け=死」である場合がほとんどであり、負ければ強者に捕食されてしまうだろう。ただ、人間世界は「負け=死」と直結することは少ない。テストの点で負けたら死ぬということも、営業成績で負けたら死ぬということもまずない。厳密に言うと、日本に限られるかもしれないが。

負けても死なないというのは人間世界の甘さかもしれない。負けても死なないとわかっているのならば、人は毎日をなんとなく過ごしてしまう。

逆に厳しさでもあるかもしれない。いっその事死んでしまった方が楽な状況にありながらも、辛い人生を生き続けなければならないこともあるだろう。

どちらにせよ、より優秀な人間が現れたところで死ぬわけではない人間の世界はチャンスに満ちていると思う。別の動物ならば死んでいるかもしれない状況でも命が確保されるのであれば、自分の力の無さを知り、考え方を見直す機会になるからだ。

 

私も昨日、自分にはまだまだ力のないことに気がついた。より精進し、努力していかなければならないなと感じた。

ゼミの友人たちは力を比べ合い、競い合う「敵」ではなく、自分が困った時に力になってくれる「味方」だとは思うのだが、やはり感じてしまった劣等感や、力の距離は縮めたいなと思う。自分の考え方を見直させる夜になった。まぁたまにはこういうのもいいな。清々しく負けられた気がする。

 

劣等感と優越感(コンプレックスの心理学): コンプレックスの力

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