私の名前はジロギン。

ハンターハンターをはじめとした漫画の考察や、1000円以内で出来る懐かしい遊びなど、幼かったあの頃に帰れるブログです!

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【ちょっとだけ怖い話】孤独な敗北者

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私の名前はジロギン。

 

今日は仕事が長引いてしまい、退社時刻は23時を過ぎていた。家に着く頃には0時を回っているだろう。正直仕事は好きではないが、今日ばかりは好き嫌いでは避けられない作業があり、不本意ながら残業をしてしまった。幸いだったのは明日が土曜日で休みということだろうか。

今から家に帰って料理をするのも億劫だ。こういうとき私は大体、コンビニで「緑のたぬき」を買って帰る。しかもビッグサイズのやつ。かなりお腹いっぱいになるし、それで200円なのだから驚きだ。お腹はかなり空いている、でもあまり金は使いたくないときは、いつも緑のたぬきの大きなサイズのやつをコンビニで買って帰る。今日も帰ったら緑のたぬきを食べるつもりだ。

 

私の家は、最寄駅付近の比較的明るいエリア近くにあるのだが、大通りから少し細い道に入った場所のため、夜遅くは薄暗く、かなり怖い。男の私でも薄気味悪く感じる。それ故にか、家賃は安いので、そこそこ気に入ってはいる。まぁいわゆる陰キャの私には薄気味悪くて人も寄り付かなそうな、おあつらえ向きの住処といったところだろう。

帰りの道中、細い道のど真ん中に猫が一匹いた。堂々と座り込んでいた。夜遅くなので人通りもないし、車もほとんど通らないので、ここら一帯は夜間は猫たちの天下なのだろう。猫はこちらをじっと見ていた。毛はボサボサで、色はまるで緑のたぬきに入っている油揚げのような茶色。間違いなく野良猫だろう。しかし私が近づいても逃げるそぶりを全く見せなかったので、だいぶ人に慣れていたと思う。おそらく近所の人が餌付けでもしているのではないだろうか。

 

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私は家に帰っても「お帰りなさい、ご飯にする?お風呂にする?それともブログ書く?」なんて出迎えてくれる家族も恋人もいない独り身だ。家に帰ったところで寂しいことには変わりないので、これも何かの縁と、その野良猫に今の自分の愚痴を話してみることにした。野良猫に愚痴を垂れるなんていよいよ末期かもしれないが、それくらい寂しい生活を私は送っているのだ。

 

ジロギン「お前も独りか?独りは寂しいよな。誰も自分のこと見てくれないような気がしてさ。確かに自由ではあるけれども、世の中からネグレクトされてる気分になるよな?」

 

猫はずっと私を見ている。かまわず私は続けた。

 

ジロギン「孤独死も心配になるところだな。このまま死んだら誰にも発見されなくて、2000年後くらいに歴史あるミイラとして博物館に飾られるんじゃないかなって思うよ。まぁそれで、博物館にやってきた人たちに囲まれて、孤独でなくなるならいいけどさ、できればその感じは生きてる時に味わいたいよな?お前も俺と一緒にミイラになるか?世界一有名な猫になれるかもしれないぜ?死んだ後だけど。」

 

猫はあくびをした。眠たそうだし退屈そうだが、私の愚痴は止まらない。

 

ジロギン「何が悲しくてこんな暗くて細い道を歩かなきゃならないんだかな。まるで俺の行く末を暗示してるようだ・・・俺もお前も日陰者だな。いや、話が長くなった、ありがとう。お前が人間だったら友達になれそうな気がするよ。お互い頑張ろうな!」

 

猫「・・・お前と一緒にすんじゃねーよ、バーカ」

 

猫が喋った。そしてトコトコと歩き始めた。猫が向かう先にはもう1匹の猫と、小さな猫2匹の姿が見えた。おそらくこの野良猫の配偶者と子息だろう。猫は私と真逆の人生、いや猫生を歩んでいたのだ。

 

なんだろうか、この敗北感は。猫が喋ったことについてはビックリだし、よく考えればゾッとすることではある。が、私の中ではあの猫に対する敗北感の方が強かった。「野良猫=孤独」と思っていたが、そうではない。野良猫は自由に行動できるから他の猫とも出会いやすく、いわゆるリア充として生涯を満喫しやすい。むしろ飼い猫の方が、一見リア充感はあるものの、実は他の猫との出会いがほとんどなく、孤独に過ごしているのだろう。私の認識不足だった。ご家庭がある猫様に「俺と同じだな」みたいな感じで話しかけていたことが恥ずかしい。猫が喋ったことに対する恐怖以上に、敗北感と恥じらいが襲ってきた。

その後、家に帰って食べた緑のたぬきは、いつもよりしょっぱく感じた。涙がいい感じの調味料となっていた。