私の名前はジロギン。
大学時代の友人Nから突然連絡があった。Nとは学生時代毎週のように遊んでいたが、大学を卒業してからは会う機会はかなり少なくなっていた。半年は会っていなかったと思う。
Nは私に、お盆休みを利用して旅行をしようと提案してきた。何が悲しくて独り身の男二人で旅行などせにゃならんのかと、私は断ろうとした。だが、Nが提案してきた旅行先に少々興味が湧いた。
その旅行先というのは、ある県内の山奥にある、別名「神隠しの村」と呼ばれる村だった。いや限界集落と呼んだほうがいいだろう。周りは大きな山で囲まれ、村へと続く1本の公道以外アクセスの方法はない。
なんでもその村では、突如として村に住む子供が消えるという事件が多発しているそうだ。しかもここ最近の話ではなく、戦前からずっと続いているらしい。姿を消した子供の数は延べ数百人にも登るという。まさに「神隠し」が起きる村だった。
Nも私も学生時代からこういう「オカルト」なものが大好きで、この神隠しの村の話も大好物だ。さらに私としても、ブログ記事の題材に丁度いい。Nと私の利害は一致し、村へと向かうことになった。
一番近くの市街地から車で4時間ほど。ついに村に着いたが、時刻はすでに夜の9時を過ぎていた。村には人気がほとんどなく、街灯などもない。暗闇が広がっていた。しかしこの空気感こそがオカルトチックで、私たちの脳髄を震わせた。
「すみませんねぇ、何ぶん、滅多なことがない限り人など来ないものですから、少々埃っぽいですけど・・・」
唯一電話が通じ、予約が取れた民宿があった。いや民宿というか、部屋の一室を貸しているだけに過ぎない、小さな木造の民家だ。一応2階まであるが、肺活量のあるプロレスラーが息を吹きかけたら吹き飛んでしまいそうなくらいボロい。
それでもここくらいしか泊まれそうなところはない。今日はもう暗いので、明日から神隠しの真相を探ることにした。
出迎えてくれたのはこの家に住む女性、一応、女将さんといったほうがいいのだろうか?年齢は40代前半くらいだったと思うが、後15年くらい早く会っていたら確実に一目惚れしていただろうなと思うくらい綺麗な女性だった。
女将さんの左目のまぶたあたりには1cmほどの傷があった。上から化粧をしているものの、それでもわかるくらい深い傷だったようだ。最近こういうことを言うと、性差別だなんだと言われてしまうのかもしれないが、女性としては顔に傷がつくのは嫌なことだと思う。
階段からギシギシと音を立てながら、10歳に満たないくらいの女の子が降りてきた。私たちの部屋の準備をしてくれていたのだろう。女の子の顔を見ると、5箇所くらいに絆創膏を貼っており、顔もなんだか腫れているように見えた。
私は「こんばんは」とあいさつしたが、女の子はバツが悪そうにすぐさま奥の部屋へと隠れてしまった。
女将「まったく、挨拶もできないなんて・・・あっ、気になさらないでくださいね。私の娘なのですが、暗い性格でしてね。この村には子供も少ないので、あまり人と話すこともないもので、あんな性格になってしまったんです。」
ジロギン「あの・・・娘さんお顔に傷が・・・」
女将「ああ、あれですね。昨日あの子、この階段から滑り落ちてしまいましてね。顔から派手に。」
顔に怪我をしてまでお母さんのお手伝いとは、できた娘さんだ。Nと私はそんなことを思いながら、部屋へ行き、お酒を飲み、お互いの近況報告をして眠った。
私は目を覚ました。まだ部屋は暗い。スマホの時計は2:25を示している。寝始めてから3時間も経っていない。私はお酒を飲んで寝ると睡眠が極端に浅くなってしまうのだ。
尿意を感じたので、ひとまず起きてトイレに向かうことにした。トイレは1階にある。1階の部屋では、女将さんと娘さんが寝ているはずなので、私はなるべく音を立てないようにトイレへと向かった。
1階に着くと、女将さんの部屋の襖から光が漏れているのが見えた。こんな時間に何をやっているのか?私は光が漏れる襖の隙間から中をこっそり覗いてみた。
女将「ねぇ?なんで挨拶もできないの?あれだけ教えたわよね?人に会ったら挨拶しなさいって?なんでできないの?ねぇ?なんでなの?ねぇ?」
殺意にすら近い感情交じりな言葉を発する女将の足元で、娘が上半身裸になった状態で横たわり、口にはタオルのような布を詰められ、背中に湯気が立ち上るお湯を少しずつかけられていた。
娘は声にならない叫びをあげていた。おそらく「ごめんなさい」と言っていたと思うが、タオルで口が詰まってその声は誰にも届かない。
そこでは「虐待」が行われていた。異様な光景だった。私はひとまずNを起こそうと思い部屋に戻ろうとしたが、Nを起こしたところで頼りにならないし、Nは私と違いお酒を飲んで寝ると全く起きない。
私は女将たちの部屋に背を向け、ひとまず外に出ることにした。外に出て警察を呼ぼうと。
女将「何か、ありましたか?こんな夜中に、どうされました?」
女将は私の後ろから、私たちを迎え入れた時と同じような口調で、冷たく話しかけてきた。
ジロギン「いいえ・・・何も・・・ちょっと外の風に当たろうと思いましてね、ええ・・・」
股間が濡れる感じがした。トイレにだけは行っておけばよかった。
娘は何もなかったかのうように立ち上がり、顔を隠しながら別の部屋へと向かった。女将は
女将「外はまだ暗いので、気をつけてくださいね」
と私に話しかけ、部屋に入り、明かりを消した。
私は一目散に家を出た。そして走りながら警察に連絡をした。こんな山の中ではやってくるのは早くても明日の朝だろうが、あんな光景を見て見ぬ振りはできない。
電話のコール音がなる中で、私の足に男の子がぶつかってきた。女将の娘より2〜3歳くらい年下だろうか?だが顔中誰かに殴られたような痣と血だらけだった。男の子は怯えきった表情で私を見つめたが、すぐにどこかに走り去ってしまった。
「どこだーっ!?」
野太い男性のような声が遠くから聞こえた。私はすぐさま近くの家の陰に隠れた。
息を切らしながら一人の小太りの男が通りかかった。その手には血に染まった鉄製の棒が見えた。おそらくさっきの子供を殴ったのはこの男だろう。そしてなんとなくだが、私は悟った。この村で大人から子供に行われている「教育」があるのだと。
翌朝、警察がやってきた。警察と私は女将を問い詰めた。娘の体には夜の火傷跡や打撲傷、切り傷などが多数。恒常的に虐待をされていたものと思われる。娘の体の傷が動かぬ証拠となり、女将は逮捕された。
さらに、昨夜私にぶつかってきた男の子の行方も警察に捜査してもらった。村から200mほど離れた山の中で、昨夜の男の子の亡骸が見つかった。滑落したのだと思われる。暗い山道で子供が一人行動するのは自殺行為そのもの。しかし、この男の子には危険とわかっていても逃れたかった恐るべき「教育」があったのだと思う。
その後、警察などが1週間程度村の周辺を探索したところ、山中に5〜12歳くらいまでの子供のものと思われる白骨死体が大量に見つかったそうだ。
神隠しの村の真相は、「村に存在する家庭、いや、村全体で義務教育のように当然に施されていた虐待から逃がれるため、子供達が自ら家出をして、姿を消していた」というものだった。しかし、深い山の中を子供一人では生きられず、逃げ出した子供達は無残にも命を失ってしまっていたのだ。
子供を傷つけてきた大人たちが悪いかというと、そうも言い切れない。女将のまぶたの上にあった傷も、おそらく女将が子供の頃に親から受けた「教育」によってできた傷だろう。この村では代々親から子へと、傷を伴う「教育」が施されてきたようだ。今の親たちも、自分が親から受けてきた以外の子供への教育を知らないのだ。
神隠しの村に望まざる教育が根付いてしまった原因の一つには、閉鎖的な空間だったことがある。自分たち以外の教育のやり方を知らなかったため、変えられなかったのである。
今回は、私たちが村にいたことで数ある教育のうちの一つではあろうが、食い止められた。が、この村よりもっと発展した都会でも閉鎖的な家庭という場はあり、その家庭ならではの教育が行われている。
私は子供を教える教育者でも親でもない。ましてや悪事を取り締まる警察官でもない。ただのブロガーだ。各ご家庭にまで口を挟む気も、挟む資格もないのだが、そこで何が行われているかわかっているのに、何もできないというのは辛いものだ。
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