都内某所の運転免許センター
男
「オレは大学1年生。先日、地方で免許合宿を終えたばかり。今日は学科試験を受けるため、ここにやってきた。
初めてだから右も左も分からないけど…学科試験はそれほど難しくないと両親から聞いた。きっと大丈夫だろう」
???
「キミ、初受験生(ルーキー)だろ?バレバレなんだよなぁ…
オレくらいになると、まぶたの動きだけでわかる」
男
「あなたは…?」
???
「名乗るほどの者ではない。が、オレはこの界隈で『傷の男』と呼ばれている。この頬の傷を見ろ」
男
「なんですかその傷!?何かに引っかかれたような…」
傷の男
「免許合宿中のことだ…オレは同じ宿舎の女に一目惚れをした。どこの誰かもわからない女だった。
この出会いは一期一会…次はいつ会えるかわからないから、すぐに告白したのさ。
しかし、彼女からの返答は、一発のビンタのみ。その時、女の爪がオレの頬の肉をえぐった…以来オレは、傷の男と呼ばれている」
男
「……そうなんですか」
傷の男
「まぁそう警戒するなよ。オレは毎年、見込みのありそうなルーキーに声をかけて、学科試験の重要情報を教えているんだ。
キミはこの試験で頭角を現してくるだろう。そんな気がしてならない。
…こう見えてオレは、過去27回受験している大ベテラン。なんでも聞いてくれ」
男
「27回!?一体いくつ免許を持っているんですか!?」
傷の男
「ふんっ…ゼロさ。27回連続で試験に落ちている。そんなオレを『無冠の帝王』なんて呼ぶ奴もいるようだ。
もちろん、オレはただ27回も落ちるようなバカじゃない。毎回、ライバルとなりそうな受験生のデータを集め、確実に合格する機会を狙っているのさ」
男
「はぁ…あの僕いまいちわからないんですけど、学科試験ってライバルの調査とか必要なんですか?自分さえ合格点を取れればいいんじゃ…」
傷の男
「甘いな。このまま試験に挑んでも結果はついてこないぞ。
試験開始まで時間がある。オレがキミのライバルになりそうな有力受験生のデータを共有してやろう。今回は初回サービス、代金は不要だ」
男
「あぁそうですか…じゃあお願いします、暇なんで」
台東区の天才
傷の男
「教室の後ろを見ろ。すでに席に座っている男がいるだろう?奴は『台東区の天才』と呼ばれた男。今回で7回目の受験だ。
実技試験では、無免許とは思えないほどのブレーキさばきで教官を驚愕させ、退職に追い込んだらしい。
教官は最後、『奴はクリープ現象で高速道路を走る怪物になる』という言葉を残したそうだ」
男
「なんて奴だ…でもそんな天才が7回も受験してるなんて…」
傷の男
「免許合宿から帰宅途中に足を捻挫したと聞いた。その怪我が試験に影響しているのかもしれないな」
男
「……それ関係あるんですかね?」
傷の男
「ちなみに彼がルーキーの時、オレが受験生の情報を教えようとしたら『失せろクズ虫!』と言ってきた。
そんなこと言う奴は落ちればいい…そう思わないか?」
男
「まぁ…悪口言うのはダメですよね」
アンデッドドラゴン3兄弟
傷の男
「今入ってきたのは……まさか『アンデッドドラゴン3兄弟』か!?こいつぁ珍客だ!
あの3人は、初受験がオレと同じ日だった同期生。その後5回目までは受験していたが、以降は3人とも姿をくらました…」
男
「アンデッドドラゴン3兄弟…なんかヤバそうな異名ですけど…」
傷の男
「ああ、若干18歳にして暴走族のトップに立った3兄弟。
チームメンバーすら目を見て話せないほどの威圧感を放ち、3人合わせた戦闘力は幼稚園ひとつを楽に落とすほどだと言われている。
そんな凶悪な兄弟にも弱点があった。それは、自動車免許を持っていないこと。
それでもバイクに乗ろうとしていたところをお母さんに見られ、叱られたのがきっかけで、免許を取ろうと決意したらしい」
男
「すごいんだかすごくないんだか、よくわからない話ですね…」
傷の男
「久しぶりに試験にやってきたところを見ると、またお母さんに怒られたのだろう。
キレたら何をするかわからない連中だが、ここには警察官が山ほどいる。奴らがキレても、命まで奪われることはないだろう。安心するがいい」
男
「よく堂々と試験受けてますね彼ら…犯罪歴とか大丈夫なんですか?」
傷の男
「オレのデータでは、彼らは過去に1つとして罪を犯していない。彼らが所属する暴走族も同様だ。
というか、暴走族っていうより、バイク好きが集まる社会人サークルみたいな感じらしい」
男
「じゃあ大丈夫そうですね」
盆地の魔女
傷の男
「それから最前列に座ってる女がいるだろう。彼女は『盆地の魔女』と呼ばれている。
必ず最前列に座り、教壇にいる試験官に向かって胸元をアピールしているんだ。
そして、答えを聞き出そうとしたり、合格にしてもらったりしようと企んでいる」
男
「えぇ!?そんなのありなんですか?」
傷の男
「相手は仕事中の警官だ。そんな安いハニートラップに引っかかるわけがないだろう。
彼女はこれまでに11回受験しているが、作戦は1回も成功していない。
そんな彼女にオレは言ってやったよ、『日本の警察をなめるな!』とね。
ちなみに『盆地』とは彼女のFカップからのぞく谷間を例えてそう呼ばれている」
男
「はぁ…」
傷の男
「ハニートラップなどくだらない。そんなことをしている暇があったら、オレのように情報収集をするべきだと思わないか?」
男
「……」
傷の男
「ちなみに、俺の頬の肉をえぐったのは彼女だ」
男
「話つながった!」
最強の男
傷の男
「試験開始まであと2分…そろそろ……来た!!奴だ!『最強の男』!!
あの2mを超える巨体の男を見ろ!!」
男
「デカっ!!なんなんですか彼は!」
傷の男
「過去に478回受験している、とんでもない男。奴の前では、オレですら赤子同然だろう。
あまりにも受験しすぎて免許センターの人たちとも仲良くなり、今ではすっかり飲み友達らしい。
つまり、免許センターの内部にまで通じているってことだ。これまで紹介してきた連中とレベルが違う」
男
「内通者……でも合格してないんでしょう?」
傷の男
「言っただろう?『日本の警察をなめるな』と。いくら仲がいいとはいえ、受験生に答えを教えるような真似はしない」
男
「なら安心じゃないですか!ただ受験回数が多いだけじゃ、『最強』なんて名前は……」
傷の男
「つくわけない、そう言いたいんだろ?
奴がなぜ最強の男と呼ばれているか……それはオレの学生時代にまでさかのぼる必要がある。
オレは学生の頃、バスケ少年だった。全国大会を目指していたが、毎回地方予選で強豪校と当たって負けていた。その学校のエースが奴だった。
奴が入学してから、その強豪校は全国3連覇を成し遂げた。だからオレは奴を『最強の男』と呼んでいる…」
男
「じゃあ異名と免許は……」
傷の男
「関係ない」
男
「……」
試験開始
傷の男
「さぁ、試験が始まるぞ。ライバルたちはすでにウォームアップを終えている。キミもそろそろ、戦闘準備をした方がいい」
男
「傷の男さん…色々ありがとうございます。オレ、頑張ります。頑張ってライバルたちを追い越して、必ず合格してみせます!」
傷の男
「このオレをも超えるか?」
男
「……それは……」
傷の男
「ふんっ、冗談さ。やはりオレの見込みは間違ってなかった。
最初に会った時よりも、キミは戦士らしい目になった。
オレも全力で闘らないと、喉元を噛み千切られてしまうな」
男
「傷の男さん……」
傷の男
「席につけ……いくぞ…試験開始だ!!」
試験官
「そこの人!さっきからうるさいですよ!」
傷の男
「す、すみません…」
試験終了
その場で合格者が発表される
男
「あった…あったぞ!オレの番号あったぁぁぁ!!」
台東区の天才
「チッ、今回も不合格……古傷が疼きやがるぜ」
アンデッドドラゴン3兄弟・三男
「兄ちゃん、またダメだったね」
アンデッドドラゴン3兄弟・次男
「どうしよう…母ちゃんにまた怒られるぜ」
アンデッドドラゴン3兄弟・長男
「うろたえるなお前ら!オレたちは何度落ちたって立ち上がる、死ぬことのない竜(アンデッドドラゴン)だろ!?」
盆地の魔女
「もう、本当に警察の人って真面目よね〜。でも、そういう気難しい人ほど落としたくなっちゃう❤︎」
最強の男
「何も感じない。不合格になりすぎて何も感じないさ。正直、試験の途中から『今日誰誘って飲もうかな』って考えていた。そろそろ最強の名は返上したいところなんだがな」
傷の男のもとに駆け寄る男
男
「傷の男さん……どうでした……?」
傷の男
「……負けだ。どうやら神は、まだコマを先に進めることを許してくれないらしい。
キミは合格したようだな。さすがはオレが見込んだ男」
男
「傷の男さん……」
傷の男
「なんて顔してやがる。キミは合格したんだ、自信を持て。
オレはもう一度、チャレンジャーとして乗り込む。でも、今回の試験も無駄にはしないぜ。
データは集まった。次こそ合格してみせる」
男
「オレ、傷の男さんの分も頑張ります。これから無事故無違反で、正しく車に乗ります」
傷の男
「その言葉を聞けてオレは幸せだ。もしかしたら、今までコツコツデータを集めていたのは、キミに出会うためだったのかもな。
こんなストレートな言葉は嫌いだから、使いたくなかった。でも言わせてくれ……『よくやった』」
熾烈を極めた試験は終わった
しかしこれは、次の試験が始まる序曲に過ぎない
各地の猛者が集まる免許試験
群雄割拠の試験を次に制するのはあなたかもしれない
さぁ、免許を取ろう!!!