警官「いやぁ失礼しました。ほら、最近この辺で女の子の誘拐未遂事件が起きたばかりでしょう?だから警戒を強めてましてね」
さっきまで、犯罪者を見るような目つきで職務質問をしてきた中年の男性警官の顔が緩む。謝罪の言葉もなく警官は自転車に乗り、去っていった。
職務質問をされていた男の名前は、風間 蓮也(かざま れんや)、29歳。
会社が休みの土曜日に、繁華街で買い物を楽しんでいた最中、警官に声をかけられた。
もちろん、悪いことなど何もしていない。
右腕に下げた紙袋の中に入っているアニメのフィギュアは、お金を払って買ったものだ。盗品ではない。
背負ったリュックサックの中にある、小さなビニール袋に入った粉は小麦粉で、揉むと気持ち良いからいつも持ち歩いているだけだ。麻薬ではない。
犯罪歴もなく、実直に生きてきた風間だが、昔からよく職務質問をされる。その回数、217回。
風間自身に自覚は無いのだが、周囲の人からはよく「悪人面」と言われる。これが職務質問を頻繁に受ける原因のようだ。
成長期が終わり、現在の顔がほぼ完成した高校生時代には、同級生たちから悪人面にちなんだ心無いあだ名をたくさんつけられた。
「鉄砲玉」「出し子」「主犯格」「容疑者」……卒業間際には受刑者が囚人番号で呼ばれるのよろしく、出席番号で呼ばれるようになっていた。
そんな学生時代を過ごしてきた風間は、異性からモテたこともなく、女性経験もない。
なんとなくのイメージだが、悪そうな男はモテる。
特に風間は、「若い頃ヤンチャしてきました」と言って犯罪自慢をしそうな感じの悪人面だ。
こういうタイプは総じて恋愛には困らないものだが、風間はモテない。
悪人面のデメリットだけを享受しながら生きてきたのである。
日常生活に支障が出るレベルの悪人面と、全くモテない自分を変えるため、風間は顔面の整形手術を受けることを決意。
そして今日、『コブラツイスト美容外科クリニック』に足を運んだのだった。
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コブラツイスト美容外科クリニック
診察室
院長「それはおツラかったでしょう……ぜひ私に協力させてください!風間さんのお顔を、いや人生を変えましょう!」
メガネをかけた初老の男性院長。
いかにも手術経験豊富なベテランといった風貌だ。
言葉からも熱意が伝わってくる。
風間は初めての整形手術に不安を感じていたが、この院長なら安心して任せられそうだった。
院長「せっかくだから、めちゃくちゃイケメンにしましょう!どんな感じがいいですか?芸能人で例えるなら誰でしょう?藤原竜也さんとか、山崎賢人さんとか……」
風間「先生、ボクは整形に関して素人です。見当違いな要求をしてしまうかもしれません。だから先生にお任せします!とにかくこの悪人面をイケメンにしてください!お金はいくらでも払いますから!」
院長「……分かりました!全力を尽くします!あらゆる芸能人を超えるイケメンにしてみせますよ!」
こうして風間は、整形手術に臨むことになった。
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3週間後、診察室
院長と向かい合うように座る風間の顔は、包帯でグルグル巻きだった。
手術後のダウンタイムが終わるまで顔に包帯を巻き続け、会社も休み、なるべく家から出ず、人に会わないようにしてきた。
全てはこの時のため。モテない悪人面から解放される時のため。
院長「では、外しますよ」
風間の顔に巻き付いた包帯を剥がす院長。
剥がした包帯をまとめてデスクの上に置き、手鏡を風間に渡す。
風間は恐る恐る鏡を覗き込んだ。
そこには見覚えのない、超絶イケメンがいた。
目はパッチリ二重、鼻筋がまっすぐ通り、唇は薄く、顎は小さい。
風間は、理想のイケメンフェイスに生まれ変わっていた。
風間「ありがとうございます、先生。これでもう、ボクは職務質問とは無縁になるでしょう」
院長「それだけじゃなく、女性からもモテモテですよ、きっと。メスのカナブンでも顔だけで口説き落とせると思います」
風間「正直、470万円も借金して整形するのは本当に怖かったのですが、今となってはやって良かったと思っています。後悔はありません。先生の腕を信じた自分の判断は正解でした」
風間は満足そうなイケメンスマイルを浮かべ、コブラツイスト美容外科クリニックを後にした。
せっかくなら、このイケメンフェイスで街中を闊歩してやろう。道行く女性を魅了してやろう。100m歩くまでに7回は逆ナンパされるに違いない。
そう考えた風間は、イケメンドヤ顔で散歩を始めた。
周囲の人からの視線が今までと違う感じがする。
みんながうらやましそうに自分を見ている気がする。
風間は有頂天になった。
歩き始めて10分ほど経った頃。
自転車に乗る1人の警官が、風間の方へ近づいてきた。
風間はこの警官の顔に見覚えがあった。先日、女の子の誘拐未遂がどうのこうのという理由で職務質問をしてきた、あの中年警官だ。
警官は風間のことをチラリチラリと二度見した。
まさかオッサンまで魅了してしまうとは、風間は自身のイケメンっぷりに恐怖すら覚えた。
警官は風間の隣に並ぶように自転車を止めた。
警官「お兄さんちょっとすみません、いまお話しできます?」
まさかこの警官、自分の娘の婿候補として写真を撮ろうとしているんじゃないのかと、風間は考えていた。
風間「ええ、良いですよ。どうしました?」
警官はスボンのポケットからスマートフォンを取り出し、画面を眺めている。
やはり写真を撮りたいのだろう。風間の楽観視は止まらない。
警官「間違いない。連続結婚詐欺の容疑で指名手配中の歯沢 涼平(はざわ りょうへい)だな」
風間「……はぁ?いや違いますけど」
警官「嘘をついても無駄だ」
警官は風間にスマートフォンの画面を見せた。
画面にはイケメンフェイスの写真が写っている。
この顔はクリニックで見た、今の風間の顔そのものだった。
警官「この写真の人物は、お前に間違いないな」
風間「ちょ、ちょっと待ってください!違いますよ!ボク、顔を整形してまして!」
警官「そうだろうな。何度も整形手術を繰り返して別人になりすまし、詐欺をしていたそうじゃないか」
風間「いや、待って!本当に違うんですよ!名前!そう名前が違う!ボクは風間 蓮也って名前です!ほら、保険証を見てください!」
風間は財布に入っていた健康保険証を取り出し、警官に渡した。
警官「風間 蓮也……やはり間違いない、歯沢が使っていた偽名の1つだ。保険証まで偽造しやがって。ちょっと署まで来てもらおうか。詳しい話はそこで聞くから」
風間「そんなぁぁああああぁぁぁぁぁんっ!整形しなければよかったぁぁぁぁああんっ!」
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コブラツイスト美容外科クリニック
スタッフルーム
院長と若い男が椅子に腰掛け、話している。
男の顔は整形後の風間に瓜二つだ。
歯沢 涼平「親父、マジ助かったわ。あの替え玉くんが捕まればオレへの捜査が終わるかもしれないし、もし人間違いだったと気づかれても、警察を数日足止めできるだろう」
院長「お前を庇うためなら、何だってやってやるさ。かわいい、いや私が思う世界一イケメンな一人息子だからな」
涼平「サンキュー!オレはこれから海外に逃げるけど、念のため、あと3〜4人くらい替え玉用意してくれねーかな?警察をもっと撹乱したい」
院長「わかった。また『とにかくイケメンにしてください』なんて宣う客が来たら、お前に似せて整形しておくよ」
<完>