私の名前はジロギン。

HUNTER×HUNTERなどの漫画考察や、怪談・オカルト・都市伝説の考察、短編小説、裁判傍聴のレポートなどを書いている趣味ブログです!

【短編小説】禁血を始めた吸血鬼ビジネスパーソン

矢倉 義人(やぐら よしと)は、一見すると広告代理店に勤める、20代のごく普通のビジネスパーソン。

2カ月前、矢倉は会社から帰宅途中の路上で見知らぬ男に首筋を噛まれ、大量出血。生死の境を彷徨った末に何とか一命を取り留めた。

しかしそれ以来、矢倉の喉はいつも渇き、人間の血を求めるようになった。

そう、矢倉は吸血鬼に噛まれ、自身も吸血鬼になってしまったのだ。

 

ーーーーーーーーーー

 

ある日のオフィス。昼休み。

 

???「おい『伯爵』!昼飯行こうぜ!」

 

矢倉の同期、向島 慎二(むかいじま しんじ)が、デスクでパソコン作業中の矢倉の背後から話しかける。

 

伯爵「そのあだ名やめろよぉ〜。吸血鬼が全員『伯爵』だと思うなよな。あれは小説の登場人物で、ドラキュラって伯爵が吸血鬼なの。吸血鬼だから伯爵じゃないの」

 

向島「いいじゃん、その方が呼びやすいし、吸血鬼のイメージに近いし。どうせ吸血鬼になったんなら、堂々と『伯爵』と名乗っていこうぜ」

 

伯爵「いや堂々としちゃダメだろ。ただでさえオレ、吸血鬼になってから89人も吸血しちゃって警察沙汰になってんだから」

 

向島「……なのに、なんでお前普通に生活してんの?刑務所に入るべきじゃね?ていうか、死刑になっててもおかしくないよな?」

 

伯爵「なったよ、死刑。でも吸血鬼って人間向けの死刑の方法じゃ死なないから。オレも最初はビビったけど、絞首刑も電気椅子も全然効果ないのよ。それでも形式上死刑は執行されたことになるし、なんだかんだで釈放されちゃうんだよな」

 

向島「つまりお前は、公的には死者として扱われるわけだ。だとしても、なんでうちの会社で働けてるんだよ?」

 

伯爵「社長に相談したら、『キミは仕事ができるし、死者だから給料も払わなくていい。最高の人材』って再雇用してくれたよ。いや給料払われてないから、雇ってくれたわけじゃないな。オレがここで仕事してるのは……暇つぶしだな。やることがないと、血を吸うことばかり考えちゃうから」

 

向島「そういうものなのか……まぁいいや、飯行こうぜ!ラーメン三郎!」

 

伯爵「おいおい!あそこってニンニクめっちゃ入れるラーメン屋だろ?オレ無理だわ。ニンニクはマジで無理。死んじゃう」

 

向島「ああそうだった。吸血鬼だもんな。ニンニクは弱点か」

 

伯爵「ていうかさ、ビジネスパーソンが仕事の昼休みにニンニク全開のもの食べんなよ。午後も商談とか会議とかあるだろ?吸血鬼じゃなくても、ニンニク臭いの苦手な人間もいるからな」

 

向島「じゃあ別のところにするか……その前に、ちょっと気になったんだけどさ、吸血鬼って何食べるの?やっぱり人間の血が主食なの?」

 

伯爵「いや普通に白ごはんとか、パンとか、ハンバーグとか食べるよ。人間の血は、なんていうか、タバコとか酒とかと同じだな。別になくても生きていけるんだけど、つい吸いたくなっちゃう」

 

向島「あっそうなんだ!オレ勘違いしてたわ。人間の血で栄養摂ってるのかと」

 

伯爵「蚊じゃねーんだから!それだけじゃ生きていけねーよ!むしろ血なんて吸わない方がいいくらい。吸いすぎたり、体質に合わない血吸ったりすると翌日頭痛くなるんだよ。それでも吸いたくなっちゃうのは、一種の中毒だよな。だからオレ、最近禁血(きんけつ)始めてさぁ」

 

向島「禁血?……禁煙みたいなこと?」

 

伯爵「そうそう。また警察に捕まって刑を受けるのもごめんだし。死なないけど痛いんだよ。もう面倒ごとは避けたいから、絶対に血は吸わないって決めた」

 

向島「我慢できるものなんだ。どれくらい禁血してんの?」

 

伯爵「今日で3日目だな」

 

向島「短っ。本当に始めたばかりなんだな」

 

伯爵「そう言うけどさ、3日も血吸わないとマジでイライラしてくるぜ。ちょっとしたことでブチギレそうになるもん」

 

向島「確かに、さっきからオレへの当たりもなんか強いよな。先週くらいのお前は、もっと気品に溢れてた気がするもん。自分のこと『我が輩』って呼んでたし、会社にもタキシード着てきて、髪型もオールバックで、本当に吸血鬼って感じだったよな」

 

伯爵「イライラしてそれどころじゃないわ。やっぱ『オレ』って呼んだ方が自然だし、服とか髪とかもオフィスカジュアルな方が楽。それに、これ見ろよ、さっき腹が立ってつい物に当たっちまってさぁ」

 

伯爵は自分の机の上に置かれた空き缶を指差す。

空き缶は真ん中あたりが握られたように潰れていた。

 

向島「空き缶潰すのなんて誰でもやるだろ。物に当たるなんてレベルのことじゃねーよ」

 

伯爵「いやこれ、スチール缶」

 

向島「はぁ?!」

 

伯爵「吸血鬼になってから、パワーも人間の頃の数倍に上がってんだよ。スチール缶がアルミ缶並に柔らかく感じるほどに。握力は250kgを超えてるし、腕立て伏せは最高で1200回連続でできる。もし八つ当たり先がスチール缶じゃなくてコピー機とか、パソコンとか、会社の備品だったら業務停止しかねないぜ」

 

向島「マジか……そのパワー、人間に向けて使ってないよな?」

 

伯爵「それがよぉ……昨日、彼女とケンカして、ついカッとなってな。本当に些細なことだったんだよ、オレが飼ってるコウモリの数が多過ぎるって言われて。確かに540匹は飼いすぎだったと反省はしてるんだけどよぉ、カワイイだろ?コウモリって」

 

向島「いろいろ気になることがあるけど、とりあえず続けてくれ」

 

伯爵「で、彼女と口論になって、ほっぺたをビンタしちまったんだ。そしたら、彼女の頭が首から千切れて、ポーンッと飛んでいった先の壁にめり込んじゃって。ちょっと面白かったけど、本当に良くないことをしたなって」

 

向島「お前それ殺人だぞ!今すぐ警察に通報……しても無駄なのか」

 

伯爵「そうなんだよな。オレが捕まったところで警察の方々に要らぬ迷惑をかけるだけなんだよ。無駄無駄無駄無駄なんだ」

 

向島「とにかくお前、その力も二度と使うなよ!どんなときも、何を使うときも、生卵が割れないくらいの力加減にしろ!」

 

向島が自分の両腕でバッテンを作った。

 

伯爵「おいやめろその構え!ちょっと角度が違えば十字架になるじゃねーか危ねーな!昇天するところだったわ!」

 

向島「ああスマンスマン!そうか十字架もダメなんだよな」

 

伯爵「他にも、川は渡れないし、建物に入るときはその所有者に許可をもらわないといけないし、天井にぶら下がらないと寝付けないし、本当に不便だよ」

 

向島「大変なんだな、吸血鬼って。映画とかの知識だけど、もっと不死身で無敵の存在なんだと思ってた」

 

伯爵「生きづらいったらありゃしない。あークソッ!なんでオレがこんな体に……なりたくて吸血鬼になったわけじゃねーんだぞ!」

 

向島「おい!イライラが出てるぞ!落ち着け!」

 

伯爵「あーもうマジムカつく!この会社の机の上にあるもの全部ぶっ飛ばしてぇ!」

 

向島「やめろ!お前がやると被害がデカくなる!」

 

伯爵「もうムリ!マジでムリ!社内の請求書全部破くわ!500枚くらい重ねた状態で全部破る!」

 

向島「おい本当にやめろ!……分かった吸え!適度に人間の血を吸え!」

 

伯爵「……え?」

 

向島「お前がイライラして物に当たると、大勢の人間に迷惑がかかる。だったら人間1人犠牲にして、血を吸ってもらった方が被害が少ない。だから吸え!こんな風になるなら吸え!オレが許す!」

 

伯爵「本当!?じゃあいただきまぁす!」

 

伯爵は向島の首筋に噛み付き、吸血を始めた。

しかし徐々に顔色が悪くなるのは、伯爵の方だった。

 

伯爵「ごわっ!くぅはぁっ!なんだこれ!ぺっ!マズイッ……それだけじゃない!舌が!喉が!焼けるようだ!」

 

向島「……あれ?どうした?」

 

伯爵「この味……ニンニク!?お前の血!ニンニクテイストだ!!」

 

向島「そうなのか……いやぁ、オレ週9でラーメン三郎に行く『サブロニアン』だからさ。いつもニンニクマシマシにしてもらうし。だからオレの血にまでニンニクが染み込んじまったのかも」

 

伯爵「うぐわぁぁぁぁっ!か、体には気をつけろよぉぉぉっ!」

 

伯爵の体は灰になって霧散し、オフィス内の空気清浄機の中に吸い込まれていった。

 

<完>