私の名前はジロギン。

HUNTER×HUNTERなどの漫画考察や、怪談・オカルト・都市伝説の考察、短編小説、ウォーキング(散歩)の記録などを書いている趣味ブログです!

【短編小説】元傭兵の保育士

吉野木 素子(よしのき もとこ)は、『武蔵野サイコキネシス保育園』に務める保育士。

小さい頃から保育園の先生に憧れていて、大学を卒業後に保育士として就職。

保育士は子供のころ想像していた以上に大変な仕事だが、毎日やりがいを感じて働いている。

 

この日、吉野木は来週園児たちの前で発表するお遊戯会の準備で、遅くまで一人職員室に残り作業をしていた。

世界中のさまざまな動物たちが登場する『アニマル大運動会2.0』というオリジナルの劇で、『武蔵野サイコキネシス保育園』の保育士たち全員が画用紙で動物のお面を作り、それを顔につけてそれぞれの役を演じる。

 

吉野木は昔から工作があまり得意ではなく、他の保育士たちより作業に時間がかかっていた。

デスクに向かい、前屈みになりながら自分が演じるニホンザルの絵を画用紙に描いた。

あとは切り取って、紙の両脇に、耳にかけるための輪ゴムをつければ完成。

しかし、画用紙を切るためのハサミが見つからない。

 

吉野木「ハサミ……ハサミ……アレ〜?どこに置いたっけなぁ……うわぁっ!」

 

吉野木の首元に折りたたみ式のナイフが突きつけられる。

吉野木の背後には、ナイフを持った黒い短髪、身長190cmで青いエプロンをつけた筋肉モリモリマッチョマンの巨漢が立っていた。

 

巨漢「使え」

 

吉野木「なんでナイフ持ってるんですか……ジョー先生……」

 

巨漢の名前はジョー宗則(むねのり)。保育士。

 

ジョー「知る必要はない。重要なのはその紙を切ることだろう?ハサミを使おうがナイフを使おうが結果は同じだ。ならば、どこにあるかも分からないハサミではなく、目の前にあるナイフを使う方が賢明だと思うが?」

 

吉野木「あ、ありがとうございます……」

 

ジョーはナイフをたたみ、吉野木に渡すと、吉野木の左横の席に座った。

 

吉野木「ジョー先生も居残り作業ですか?劇だと、何の役でしたっけ?」

 

ジョー「オレはタヌキの役を任されている」

 

吉野木「タヌキですか!かなり出番の多い役ですよね!」

 

ジョー「オレもアンタと同じで、画用紙を切るのに苦戦していてな……人の首を切るのは慣れているのだが……」

 

吉野木「人の首……?あの、ジョー先生って前職では何をしていたんですか?」

 

ジョー「流れの傭兵だ。さまざまな戦地で戦ってきた」

 

吉野木「傭兵……それがなんで保育士に?」

 

ジョー「戦地で多くの戦争孤児を見てきた。まだ10歳にも満たないのに銃を握る少年兵もな。そんな重い運命を背負う子どもたちの存在を知り、オレも世の中の子どもを一人でも救う活動ができないかと思い直したんだ」

 

吉野木「それで保育士に……」

 

ジョー「人を殺す仕事をしていた人間が、今では人を育む仕事をしてるなんて、皮肉なものだな」

 

吉野木「はぁ……私には想像もつかない世界です……」

 

ジョー「ところで、吉野木先生。1つ相談があるんだが」

 

吉野木「何でしょう?」

 

ジョー「上官……いや園長から演技について『演じる動物の鳴き声を語尾につけろ』と言われているだろう?だがタヌキの鳴き方が分からんのだ……タヌキは何と鳴くんだ?ミャーか?」

 

吉野木「ミャーではないと思いますけど、確かに難しいですね……あっそうだ!分かりやすく『ポンポコリン』なんてどうですか?ほら、タヌキってお腹をポンポン叩くイメージがあるじゃないですか!」

 

ジョー「なるほど『ポンポコリン』か。恩に着る。拷問して泣き叫ぶ人間の声は何百回も聞いてきたのに、タヌキの鳴き声すら知らないなんて、皮肉なものだ」

 

吉野木「怖いんで聞かないでおきますけど、相当ヤバいことしてきてますねアナタ」

 

ジョーは腕を組み、鼻から長めに息を吐く。

 

ジョー「保育士の仕事は、やりがいがあるな。子どもたちの面倒を見るのは楽しい」

 

吉野木「あっ、ジョー先生もそう思います?私もです!保育士の仕事は大変ですけど、子どもたちが元気に遊んでる姿を見てると、頑張ろうって思えるんですよね!」

 

ジョー「将来が楽しみな子どもも多いな」

 

吉野木「そうですよね〜!私はキリギリス組のコウジくんの成長が楽しみです!いろんなことに興味を持って質問してくる探究心のある子で、将来は学者さんとかになるのかなぁ〜?なんて思ったり!」

 

ジョー「オレはカマドウマ組のトオルくんに目を付けている。同級生の鳩尾や股間などといった急所を的確に殴り悶絶させ、時には頸動脈を圧迫して失神させる。その技量と、何よりも弱肉強食という考え方は、軍人や傭兵に向いている」

 

吉野木「イジメじゃないですか!なに黙認してるんですか!?」

 

ジョー「黙認?バカを言うな。もっとトオルくんの技に磨きをかけるため、オレは戦地で身に付けたCQC(Close-quarters Combat)を教えている」

 

吉野木「助長してんじゃねーよこの筋肉バカがっ!」

 

ジョー「……誰だっ!?」

 

ジョーは、2人のデスクから見て左奥にある窓の方を見て大きな声を出した。

職員室は保育園の1階にあり、窓の外には灯りの消えた園庭が広がっている。

職員室内は暑いので、吉野木は窓を開けて作業をしていた。

 

ジョー「そこにいるのは分かっている……何者だ?」

 

ジョーは窓の外を、カラスのように鋭い目つきで睨みつける。

吉野木には何の気配も感じられないが、元傭兵のジョーが反応しているということは、外に誰かがいるのだろう。

ゴクリと生唾を飲む吉野木。

 

???「ポンポコポンポコポンポコリン」

 

窓の外から男の野太い声が聞こえた。

 

ジョー「なんだ、タヌキか」

 

吉野木「いや違うだろ!タヌキはポンポコリンって鳴かん!」

 

ジョー「さっきタヌキの鳴き声は『ポンポコリン』だと言っていたが?」

 

吉野木「イメージだからそれ!人間が勝手に考えたイメージ!」

 

ジョー「ならば、やはり人間が外にいるということだな。出てこい!」

 

目出し帽を被り、全身黒い衣をまとった男が、窓の外から職員室に入ってきた。

 

男「バレちゃしかたねぇ!金を出せ!さもなくば殺すぞ!」

 

男の右手にはサバイバルナイフが握られ、刃先は吉野木とジョーに向いている。

2人は椅子から立ち上がり、両手を上げた。

 

吉野木「ご、強盗……!?っていうか何で保育園に!?銀行とかコンビニとか、現金が確実にありそうなところ狙うでしょ普通!無いですようちに現金なんて!」

 

男「テメーらのポケットマネーで何とかしろ!」

 

吉野木「どうしましょうジョー先生……私、現金持ち歩かない派で、電子マネーとクレジットカードしかないんです……」

 

ジョー「不幸中の幸いだな。オレは全財産を現金で、しかも持ち歩く派だ。おい強盗。ここはオレの持つ全財産、7万円で手を打ってくれないか?」

 

吉野木「7万が全財産!?いろんな意味でヤバいよこの人!!」

 

男「少ねぇんだよ!!舐めてんのかこの筋肉ゴリラ!!」

 

ジョー「オレはゴリラではなくタヌキ役をやることになっている」

 

男「うるせぇ!他の保育士も呼んで、最低でも30万は用意しろ!」

 

吉野木「30万なんて……そんな……」

 

ジョー「……ところで強盗よ。お前、オレたちを殺すと息巻いていたが、人を殺したことないだろう?さっきからナイフを持つ手が震えているぞ」

 

男「!?」

 

ジョー「声も震え、息は荒い。視線も泳いでいる。強い緊張状態にあるのは明らかだ。いざ人に刃物を向けたら怖くなったのだろう?もしオレがお前の立場だったら、平常時と全く変わらない心拍数を維持できるぞ」

 

吉野木「そっちの方が異常なんだよなぁ……でも今日に限っては、その異常さが頼りになりそうな気がする!」

 

ジョー「ここが保育園ではなく戦場で、オレが保育士ではなく兵士なら、お前の首を折って終いだ。しかしオレにも立場がある。お前を攻撃すれば過剰防衛と見なされ、真っ当な生活を送れなくなるだろう。だからここは穏便に済まそうじゃないか。さっさと帰れ」

 

吉野木「言葉遣いっ!!!『帰れ』はダメじゃない!?相手怒るよ!!」

 

男「オレだって命かけてここに来てんだ!何も得ずに帰るわけにはいかねぇ!」

 

ジョー「吉野木先生、警察を呼んでくれ」

 

吉野木「でも」

 

男「動くんじゃねぇよ!」

 

ジョー「構うな、吉野木先生。もしこの男が何かしてきたら、オレが対処する」

 

吉野木「さ、さすが元傭兵……全然動じてない……頼りになる……!分かりました!すぐに連絡します!」

 

男「無視すんなぁっ!」

 

ジョー「ならオレをそのナイフで刺してみろ、できるものならな。中途半端な覚悟のお前に、そんなことは怖くて無理だろうが」

 

男「誰がテメェなんか……テメェなんか怖かねぇっっ!!!……野郎ぶっ殺してやぁぁぁる!!!」

 

男はナイフを両手で握ると、ジョーのもとへ猛ダッシュし、ジョーの左脇腹を突き刺した。

 

男「……ああ……あああぁぁぁ……うわぁぁぁぁぁぁっ!」

 

ジョーの言った通り、男には覚悟が足りなかった。

恐怖心、いや罪悪感からか、男は叫び声を上げると、窓の外へと飛び出し逃げて行った。

 

深々とナイフが刺さったジョーの脇腹から、おびただしい量の血が流れる。青いエプロンの一部が、血の赤と混ざり黒く染まっていく。

 

吉野木「ジョー先生……血が……」

 

ジョー「ふん……所詮、口だけは達者なトーシロだな。狙いが甘い。トオルくんなら確実に心臓を刺していたぞ」

 

吉野木 「ジョー先生!脇腹!」

 

ジョー「見た目ほど傷は深くはない」

 

椅子に腰掛けるジョー。

 

吉野木「すごい……これが幾多の戦場を渡り歩いてきた傭兵!貫禄が違う!なんて頼りになるんだ!こんな同僚がいるなんて!心強すぎる!」

 

ジョー「……吉野木先生、ギャーギャー騒ぐな」

 

吉野木「し、失礼しました!歴戦の猛者であるジョー先生にとってはこの程度、騒ぐほどのことじゃない、平穏そのものですよね!」

 

ジョー「騒いでる暇があるなら、救急車を呼んでくれ」

 

吉野木「やせ我慢してたのかよっ!!」

 

<完>