私の名前はジロギン。

HUNTER×HUNTERなどの漫画考察や、怪談・オカルト・都市伝説の考察、短編小説、裁判傍聴のレポートなどを書いている趣味ブログです!

【短編小説】猫避け用ペットボトルの水ソムリエに取材するインタビュアー

林川 美香(はやしかわ みか)は、某出版社に勤める記者。

毎月発行している、ビジネスパーソン向け雑誌『リストラ』の記者となり10年。さまざまな職業の人を紹介する取材記事を担当し、これまでに数百名にインタビューをしてきた。

ゲーム開発者、カフェ店員、ソフトテニス選手、霊能力者、ヒヨコ鑑定士、詩人、旅人、餅つきの餅をひっくり返す人……例を挙げ続けたら、赤子が反抗期を迎えるまでくらいの時間がかかるだろう。

 

しかし世の中には、林川が知らない職業がまだまだ存在する。

今回取材する相手も、林川にとっては未知の職種の人間だ。

『猫避け用ペットボトルの水ソムリエ』こと、猫柳 腕太郎(ねこやなぎ わんたろう)という男性。

小柄でほぼ全て白髪の短髪。40〜50代くらいの、スーツを着たどこにでもいそうなおじさんだ。

林川と対面する形で椅子に腰掛けているが、足が床にギリギリ届いていないあたりが可愛らしい。池乃めだか師匠を彷彿とさせる。

 

林川「早速ですが、猫柳さんのご経歴を教えていただけますか?」

 

猫柳「オレの経歴?ブログ見てないの?オレのブログに全部書いてあるよ」

 

林川「見てねぇわ。誰もお前のことなんか興味ない。私も仕事で取材してるだけ。自分中心に世界が回ってると思ってるヤバいやつかコイツ?たまにいるけど」

 

前言撤回。可愛らしいのは見た目だけで、性根は偉そうな小男である。

 

林川「では、『猫避け用ペットボトルの水ソムリエ』とはどんなお仕事なのでしょうか?」

 

猫柳「街中歩いてるとさぁ、民家の周りに水の入ったペットボトルが置かれてること、あるだろ?野良猫が近寄らないように置いてあるやつ」

 

林川「確かに、たまに見かけますね。効果があるのかは分かりませんが……」

 

猫柳「その水を味見して、美味さを評価づけするのがオレの仕事」

 

林川「気持ち悪っ!それ仕事じゃないだろ!ただの街中のヤバいやつやん!」

 

猫柳「まぁ興味のない人間からすれば、信じられないほどマニアックな世界だろうな。でも、いるんだよ。オレと同じく猫避け用ペットボトルの水を味わってる連中が。そんな連中に、美味い水が飲めるグルメスポットを調査して、ブログで紹介してるんだ」

 

林川「キモ過ぎる!なにそのブログ!?なおさら誰も見ないだろ!」

 

猫柳「世界には80億もの人間がいるんだ。一見ニーズが無さそうなことでも、視野を世界にまで広げれば必ず求めてるヤツはいる。オレのスケジュール管理をしてるマネージャーが、幼稚園から高校生までアメリカで暮らしてた帰国子女でね。オレが日本語で書いたブログの英訳もしてくれてる。全世界から毎月大体2500万回くらい閲覧されてて、ブログに貼った広告からオレに大金が入ってくるって仕組みよ」

 

林川「2500万回!?しかもマネージャーもいるの!?そのマネージャー職業選択ミスり過ぎだろ!英語力を使ってもっとちゃんとした分野で翻訳やればいいのに!……そういえば、水って放置しておくと腐るって聞いたことがあります。飲んでも大丈夫なんですか?衛生上、問題がありそうですが」

 

猫柳「もちろん大丈夫じゃねーよ。オレも最初は何度も腹を壊したさ。でも飲めば飲むほどその苦痛が快感になってきて、うま味を感じられるようになるんだよな。アンタもどうだ?飲んでみたいか?」

 

林川「飲まんっ!……私は水道水を飲んでもお腹を下すタイプなので、遠慮しておきます」

 

猫柳「どんな飲み物でも嫌いな人間は一定数いる。無理強いはしないが」

 

林川「水を飲む際は、家主に許可をもらっているのでしょうか?」

 

猫柳「そりゃそうだろ!無断で飲むなんて敬意を欠く真似、ソムリエがやるわけにはいかん。家主と交渉して飲ませてもらってるよ。いつも二つ返事でOKしてもらえるぜ」

 

林川「怖いもんなぁ家主からしたら!『猫避け用ペットボトルの水を味見させてくれ』なんて訪ねてくるヤツ、早々に追っ払いたいもんなぁ!……ところで、猫柳さんはなぜ猫避け用ペットボトルの水を飲むようになったのでしょうか?」

 

猫柳「25年くらい前かなぁ。当時のオレは本当に金がなくて、明日食う飯にもありつけない状況だった。ある夏、何か食い物や飲み物はないかと街を彷徨っていたときに熱中症になっちまってな。今すぐに何か飲まないと脱水症状で死ぬと思ったとき、民家にあった猫避け用ペットボトルが目に入ったんだ。すぐに飛びついて、そこにあった12本の2リットルペットボトルを全部飲み干してやったよ。そのときに、天にも昇るような幸福感を覚えたのがきっかけさ。まぁその翌日に腹を壊して死にかけたんだが」

 

林川「嫌なエピソードぉ!聞かなきゃ良かった!でも仕事だから聞かなきゃならん!……水の味に差が生まれるのは、どんな要素なのでしょうか?」

 

猫柳「いかに熟成されてるかだな。長い間放置された水ほど、味に深みとコクが出る」

 

林川「ウソつけぇっ!水に深みもコクもないわ!そもそも味の深みとかコクとかいう概念自体が気のせいだとさえ思う!」

 

猫柳は足元に置いていた黒いリュックサックから、1本の2リットルペットボトルを取り出した。

中にはメロンソーダのような緑色の液体が入っている。

 

猫柳「コイツは、まずお目にかかれない年代物の猫避け用ペットボトルさ。1948年、今から80年近く前に置かれたものだよ。持ち主に直談判して、先日650万円で買い取った」

 

林川「ヤバいだろコイツぅ!完全に腐った水を650万で買うとかどんな神経してんだぁ!?」

 

猫柳「もちろんコイツを飲ませるわけにはいかないぜ」

 

林川「飲まんっ!大金積まれても飲まんっ!でも50億円くらいもらえるなら考えるかもしれん!」

 

猫柳「熟成されたペットボトルの水の偉大さは、猫にも伝わるんだろう。これ1本で1匹も近寄ってこなくなる。オレが飼っている猫の『又三郎(またさぶろう)』も、このペットボトルには近づきもしない。恐れ多いんだろうな」

 

林川「腐ってるからだろ!偉大さなんて微塵も伝わってないわ!腐っててヤバい臭いが染み出ててるから猫も近づかんのじゃ!っていうか猫飼ってんのこのオッサン!?猫飼ってるのに猫避け用ペットボトルのソムリエやってるとか頭おかしいんか!?」

 

猫柳「貴重な1本だと分かってはいるんだ……だが油断していると、つい飲もうとしてしまうオレがいる……ふと気づくとワイングラスに注ごうとしちまうんだ……80年もの歴史が詰まったこの1本の水を……」

 

林川「全然共感できん!私ならトイレに流しても何とも思わん!」

 

猫柳「他に聞きたいことあるか?猫避け用ペットボトルについてなら、あと18時間は話せるが」

 

林川「いえ、なんかもう気持ち悪くなってきたので、終わりにしましょう」

 

猫柳「大丈夫か?水、飲んだ方がいいぞ?できれば猫避け用のな!はっはっはっ!」

 

林川「口臭ぁっ!水を交換してない金魚鉢の臭い!これが猫避け用ペットボトルの水の臭いか!?いやこのオッサンの口臭もブレンドされて、もっと邪悪な臭いになっとる!」

 

こうして猫柳への取材が終わった。

 

ーーーーーーーーーー

 

10日後

編集部のデスクでパソコンに向かう林川。

猫柳の取材を文章化しているが、1文字書くたびに吐き気に襲われ、作業が全く進まない。

 

そんな林川のもとに、樺本(かばもと)という男性編集長(51歳独身、血液型O型)が近づいてきた。

 

樺本「林川ちゃん、この前の猫ペットボトルのオッサンの記事、どれくらい進んだ?」

 

林川「すみません、あの取材を思い出すたびに気持ち悪くなってしまって……まだ18文字しか書けてないんです……急ぎます……」

 

樺本「いや、ならええんや。この記事、書くのストップしてもらえるかぁ?ほんま、時間使わせてもうて、すまんかったなぁ」

 

林川「何かあったんですか?」

 

樺本「さっき、猫柳さんのマネージャーから連絡があってなぁ。猫柳さん、自宅で亡くなってるのが見つかったそうや。死後10日くらい経ってたらしいから、林川ちゃんが取材したすぐ後に死んだんやろなぁ」

 

林川「えぇっ?」

 

樺本「遺体の近くに腐った水が入ったペットボトルが落ちてて、それを飲んだのが直接の死因みたいや。しかも、発見されるまでの間に飼い猫が遺体を食い荒らしてたらしく、凄惨な状況だったそうや。だからあの記事はお蔵入りってことで」

 

林川「良かったぁ〜!仕事減ったぁ〜!」

 

<完>