私の名前はジロギン。

HUNTER×HUNTERなどの漫画考察や、怪談・オカルト・都市伝説の考察、短編小説、裁判傍聴のレポートなどを書いている趣味ブログです!

【怖い話】高慢と報復の記録更新

 

私の名前はジロギン。

 

「何度言ったらわかるんだお前は!?今すぐ始末書を書け!今日中に提出しろ!」

 

朝からF部長の怒号が飛び交う。朝は誰しもテンションが低めになるというのに、こんなにも怒り狂えるF部長は、エンジンのかかりやすい車のようだ。

F部長は45歳の男性で、部長職に就て10年以上経つ。就任当時は35歳という若さだったので、昇級が早かった優秀な社員だ。若い頃から仕事熱心で、その様は今も変わりない。非常にストイックな人なのだが、それゆえに少しのミスも許さない完璧主義者。その完璧主義は自分以外の人間にも向けられる。今日は新入社員がミスをしてしまったようだ。F部長に「新入社員だから多少のミスは仕方がない」という言い訳は通用しない。言っていることは正しいのだが、部署内ではF部長に好意的な人はいない。私も苦手だ。

「部長」は一つの部署を仕切っており、社内ではかなり高い地位に当たる。うちの会社は比較的大きな会社なので、部長職ともなれば収入も良いし、社会的ステータスも高いと言っていいだろう。やはりF部長も地位の高さを鼻に掛けているような部分はある。事実F部長にモノを言える人はいないので、その位の高さを利用して、言い返せない社員に過剰な怒り方をしている場面も何度も見てきている。特に私たち、入社3年目くらいまでの若手社員には厳しい。私も先日、「今度ミスをしたら1週間一人でトイレ掃除をさせる」と言われてしまった。

 

 

ある日、部署単位の飲み会最中での出来事だった。F部長はだいぶ酔っぱらっていたが、こんなことを自慢げに話していた。

 

F部長「今日営業にやってきた他社の社員がな、多分新卒社員だと思うのだが、全然マナーがなってなくてな。俺が部屋に入っても席に座ったままで立ち上がって挨拶もしないし、若者言葉も抜けていないし、見てられないほどだったよ。俺も頭にきてな、2時間も説教してやった。他社の教育に口出すつもりはなかったが、あんな教育している会社はダメだな。むしろ良いことをしてやった気分だ。礼の一つでも欲しいところだ。」

 

F部長の完璧主義はついに他社の社員にまで向けられてしまったようだ。確かに先方社員の態度は悪かったかもしれないが、2時間説教をするのはやりすぎだろう。誇らしげに語るF部長の一方で、周りにいた私たち社員はドン引きだった。

 

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翌日、いつも遅くまで仕事をしているF部長が珍しく定時で帰宅した。娘さんの誕生日らしい。F部長がいない時間は、私たちにとってはリラックスできる時間となる。肩の力がようやく抜ける。

部長が帰ってから20分ほど経った頃だった。会社のビルの近く、いや真下あたりからパトカーや救急車のサイレン音が聞こえた。別の階で火事でもあったのかと、私たちはビルの下に降りていった。だが、この騒動の原因は火事などではなかった。

ビルの入り口には血だまりができ、返り血で汚れたスーツ姿の若い男が警察に取り押さえられていた。そして

 

男「偉そうにしやがってよ!何様なんだよ!お前なんかいつだって殺せるんだよ!地獄に落ちろ!ははははははは!」

 

と大声で叫んでいた。若い男性はパトカーに押し込まれ、そのまま連行された。

その後の警察の話で、若い男がビルの下で待ち伏せ、F部長の頭部を傘で何度も殴打したのだということがわかった。その男はちょうどF部長の取引先の社員で、おそらく飲み会で語っていた、F部長が説教をした社員だろう。

F部長は報復を受けてしまったのだ。確かに社内では偉い地位にあるF部長に誰も口出しも手出しも出来ない。だが、社外に出ればその地位が必ずしも自分の身を守ってくれるとは限らない。

 

 

F部長は一命を取り留めた。全治2ヶ月の怪我だったが、治れば職場復帰はできるそうだ。正直そのままずっと入院していて欲しいところだったが、F部長がいないと進まない作業は山ほどあるので、なるべく早くに復帰して欲しいところだ。

私を含む社員3名でF部長のお見舞いに行った。病室でのF部長は割と元気そうだった。そして、このように語った。

 

F部長「これで5度目だよ。このパターンの入院は。最初は7年ほど前に、当時新入社員だった男に指導したら翌日脇腹を刺されてな。その次は面接をした就活生だったか、帰り道に鉄の棒で殴られた。その次はうちにいたベテラン社員だったな。自主退職してもらったんだが、逆上して私の家に数人で押しかけて殴られたよ。で、ちょうど3年前には女性社員から駅でホームに突き落とされた・・・全く、少し叱っただけで報復しようだの復讐しようだの、精神的に未熟な奴らが多すぎる。そういう心を正すために、俺は心を鬼にして叱っているというのに、なぜわからんのかな・・・?」

 

「憎まれっ子世に憚る」なんていうことわざがあるが、まさにF部長に当てはまる。F部長はその高慢さからいろんな人の恨みを買い、その度に報復を受けているようだ。

もちろん会社でミスをしたり、基本の礼儀すら知らない社員は正していくべきだし、部長の言うことはもっともだ。ましてや人の命を狙おうとすることなんてどんな理由があってもやってはならない。だが、F部長の方も正さなければならないことがあるなと感じた。

F部長にとっての最大の不幸は、高慢の代償に命を狙われ続けること以上に、その高慢さを指摘し、正そうとしてくれる、「F部長にとってのF部長」のような存在がいないことだろう。

5度目の入院が6度目になる、記録更新の日はそう遠くないかもしれない。