私の名前はジロギン。

HUNTER×HUNTERなどの漫画考察や、怪談・オカルト・都市伝説の考察、短編小説、ウォーキング(散歩)の記録などを書いている趣味ブログです!

【短編小説】イエスマンに厳しい部長

黒毛サイエンスフィクション株式会社

東京本社ビル8階

 

武良田(むらた)は25歳の男性。今年で新卒3年目を迎えた。入社以来、営業一課でルート営業を中心に担当している。

この日は自席でノートパソコンに向かい、翌日の商談に使う資料を作成していた。

外は灼熱の猛暑日。スーツが戦闘服といえる営業マンにとって、夏の暑さは天敵だ。内勤の日はクーラーの下で仕事ができるので、比較的楽に感じるものである。

 

午前11時半ごろ。作業に集中していた武良田の背中を、何者かが平手でポンッと叩いた。

びっくりする武良田の左横から、中年男性の低い笑い声が聞こえる。

武良田が所属する営業部の部長・球井(たまい)が横に立っていた。

 

球井「どうや?武良田くん、調子ええか?」

 

武良田「球井部長!ええ、まぁ、ボチボチですねぇ」

 

球井「ボチボチ?武良田くんも、関西出身やったんか?」

 

武良田「いえいえ!生まれも育ちも東京です!」

 

球井「ほなエセ関西弁やがな!生粋の関西人の前で使うもんちゃうで!」

 

武良田「部長のがうつっちゃったみたいです!へへへっ!」

 

笑顔で話す球井部長は、半年ほど前に大阪支社から転勤してきた。

よく口が回る人で、明るい性格。球井部長の流暢な関西弁を聞いていると、武良田まで、ついペースを合わせておしゃべりになってしまう。

 

球井「それにしても、やっぱり本社はちゃうな。みんな優秀やもん。大阪いた頃と比べものにならんわ。武良田くんはポンコツやけどな!」

 

武良田「そんなぁ〜部長〜!勘弁してくださいよ〜!でも、まだまだ精進しなくちゃならないとは思ってます!」

 

球井「冗談やがな!武良田くんも優秀やで〜」

 

武良田「良かった〜……部長を失望させたら、僕もう出世できなくなっちゃいますよ」

 

球井「ん?武良田くん出世したいん?ならオレから社長に言っとこか?武良田っちゅう若手社員が『社長の地位渡せや』言うてましたって」

 

武良田「やめてくださいよ〜」

 

球井「せやから冗談やて!ホンマ、武良田くんはおもろいな〜」

 

球井部長はノリの良い社員に優しい。そして自分をヨイショする社員にはもっと優しい。

武良田は半年間で、球井部長の「ツボ」をしっかり心得ていた。

 

球井「武良田くん、お昼ヒマ?メシ行こうや。オレが奢ったるさかい」

 

武良田「マジっすか?ありがとうございます!行きたいっす!」

 

球井「何食い行くかな〜?ラーメンがええかな?」

 

武良田「ラーメンいいっすね!ボク、うまい店、知ってるんですよ!」

 

球井「いや、ラーメンっちゅう気分とちゃうなぁ」

 

武良田「ですよね〜!今はラーメンじゃない!ボクもそんな気分でした!あんな太る食べ物を昼に食べたら、午前と午後との体重差で膝壊しちゃいますよ!」

 

球井「イタリアンなんかもええなぁ」

 

武良田「イタリアンいいっすね〜!ボク、ちょうどパスタ食べたいなって思ってたんっすよ!」

 

球井「いや、やっぱりちゃうな。イタリアンでもない」

 

武良田「ええその通り!イタリアンじゃない!イタリアンなんてイタリアで食べられますからね。日本で食べられるものじゃなきゃ!日本にいるんですから!」

 

球井「まぁ会社出て、歩きながら決めるかなぁ」

 

武良田「即断即決の部長なら、すぐ決まりますよ!仕事もメシも早い!さすが部長!」

 

球井「そうかぁ?そこまで言われると照れるなぁ〜……せや!昨日、テニスの石織(いしこり)くんの試合見たか?めちゃくちゃ強いよなぁ?彼こそ最強のテニス選手やろ?」

 

武良田「マジそうっすよね!石織くんハンパねーっすよ!歴代最強のプレーヤーといっても過言じゃないですって」

 

球井「でも全盛期のミャデラー、ペダル、バコビッチ、カレーの方が上やろなぁ。さすがの石織くんといえども、この4人には敵わんやろ?レベルがちゃうわ!」

 

武良田「ですよねー!石織くんは強いけど、このBIG4と比較したら劣っちゃいますよね!強いけど最強ではないみたいな!まだまだ上がいるみたいな!ドラゴンボールでいうピッコロみたいな!」

 

球井「せやろ?オレもそう思うわぁ〜!……まぁそれはいいとして、お前なんや?さっきから、オレが意見するのと同じ方向に舵切りやがって。おぉん?」

 

武良田「……えっ……?いやあの……部長?」

 

球井「正直言わしてもらうわ。オレな、お前の仕事っぷりはかなり評価してん。いま話しかけたんは、お前が自分自身の意見をオレにぶつけてくれたら、ホンマに出世させようと思って、その判断をするためやったんや」

 

武良田「そんな突然……」

 

球井「でもな、オレはずっとお前のその、立場が上の人間の顔色うかがって、気分を損ねないよう考えなしに『はい、はい』言ってる態度がめちゃくちゃ気に食わなかったんや!本社勤務になって半年間ずっとや!こんな薄っぺらい、傀儡みたいなヤツを、出世させるわけにはいかん!」

 

武良田「そ、そんな……」

 

球井「お前みたいなヤツはな、世間ではイエスマンいうんや!オレはな、イエスマンが心底嫌いやねん!小6で学級委員長やってた頃からなぁ!」

 

武良田「うっ……ぐっ……」

 

球井「来週から部署異動や。お前は、社内で不要になった紙をずっとシュレッダーにかけ続ける、裁断部に飛ばす。作業場は本社の地下12階、日光が一切届かない小部屋や。そしてもう二度とオレに顔見せるな!社内でオレとすれ違ったときは顔伏せろ!参勤交代のようになぁ!」

 

武良田「ぐっ……すっ……うっ……うわぁぁぁぁぁぁっ!」

 

武良田は大量の涙を流しながら、どこかへ駆け出して行った。

 

球井「理不尽な人事異動を突き付けられても反抗すらせーへん……強い風が吹く方向に傾くだけの、意志なき風見鶏野郎が!」

 

ーーーーーーーーーー

同日夜

とある居酒屋の、夜景が見える個室

 

テーブルを挟むように座り、サシでお酒飲む球井部長と、恰幅の良いスキンヘッドの初老男性。彼こそ、黒毛サイエンスフィクション株式会社の社長・黒毛(くろげ)である。

 

黒毛「キミも知ってのとおり、最近うちの利益が好調でなぁ。だからこそ、こうして高級居酒屋の個室で酒が飲めているわけで……これも全て、社員たちの努力の賜物だな」

 

球井「いやいやいやいやいやいやいや!黒毛社長の努力に比べたら、ボクらの努力なんてシロアリ以下ですがな〜!ホンマに黒毛社長様々です!」

 

黒毛「そんな皆まで言いなさるな〜!私自身の努力の大きさは重々わかっておるよ!はっはっはっ!で、キミの部下の若い子たちはどうだ?」

 

球井「あんなヤツらもう、ホンマひよっこ以下ですわ!全員クビにしてやりたいくらいのポンコツです!ボクが尻拭いしてやらな、雑務もろくに出来やしません!あいつらに、社長が若い頃どれほど頑張ってきたか、自分らの何億倍努力してきたか見せてやりたいくらいですわ〜|」

 

黒毛「まぁまぁ、今と昔じゃ時代が違うんだ。私の若い頃と同じくらい社員を働かせたら、労基に目をつけられてしまうよ。それより、今度うちの新規事業として、AIを搭載した金髪のカツラを開発しようと思うのだが、どうかね?率直な感想を聞かせてほしい!」

 

部長「金髪カツラにAIですか……いやぁ〜これは思いつかへんかった!誰にも思いつかない斬新な発想!さすが社長!ボクなんかじゃ、10回生まれ変わっても思いつきませんわ!こんな斬新な商品、売れんわけがありまへんがな!120%売れる!社長の判断に間違いなんてありゃしまへん!」

 

黒毛「そうだろ〜そうだろ〜?これで来季は、営業利益2000億円突破だな!今度は新宿のビアガーデンを貸し切って飲み会だ!うわっはっはっはっ!」

 

人は皆、誰かのイエスマン。

 

<完>