私の名前はジロギン。

HUNTER×HUNTERなどの漫画考察や、怪談・オカルト・都市伝説の考察、短編小説、裁判傍聴のレポートなどを書いている趣味ブログです!

【短編小説】診察台の下から話しかけられる客

八坂 瑛人(やさか  えいと)は肩が凝っていた。

会社では1日中デスクワーク。それが数年続き、八坂の肩は20代なのに四十肩かと思うほど凝り固まり、痛み出していたのである。

 

自分の体を誤魔化しながら仕事を続けてきたが、そろそろ限界が来た。

何もしていないのに肩と首に激痛が走る。

 

この痛みを何とかしてもらおうと、八坂は自宅近くの鍼灸院を探した。

鍼治療(はりちりょう)が肩こりに効くと知ってはいたが、実際に受けたことはない。

八坂にとって初めての鍼灸院探しだ。

 

インターネットで検索するも、該当する鍼灸院の数は少ない。

該当した中で最も評判が良い「ジャーマンスープレックス鍼灸院」のサイトにアクセスしたが、一昔前のテキストサイトのような作りだった。

トップページには50代くらいの薄毛で小太りな男性の写真が載っている。この人が院長で、ほぼ1人で回している鍼灸院らしい。

鍼治療は頭に行うと薄毛対策になると聞くが、この院長の頭を見ると怪しく思えてくる。鍼灸師なら、自分の毛髪もコントロールできそうなものだが。

 

とはいえ、他にヒットした鍼灸院のサイトはもっとお粗末で何年も前から更新されていない。潰れている可能性が高い。

もう少し範囲を広げて探そうかとも思った八坂だが、とにかく早く肩こりを治したかったので、ジャーマンスープレックス鍼灸院に予約することにした。

 

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予約日当日

 

ジャーマンスープレックス鍼灸院の住所へ向かうと、そこは3階建のアパートだった。

壁面の至る所にヒビが入り、少なく見積もっても築30年は経っているだろう。

ジャーマンスープレックス鍼灸院はアパートの一室で運営しているようだ。

 

205号室。確かに扉には「ジャーマンスープレックス鍼灸院」と可愛げな書体で書かれた表札が付いている。

建物の外観と書体がミスマッチで、とにかく怪しげな雰囲気全開だ。

しかし見かけで判断するのは良くない。重要なのは治療の腕前である。

八坂は勇気を出し、インターホンを押した。

 

インターホンの音が聞こえ始めて1秒も立たないうちに扉が勢いよく開いた。

サイトで見た院長が笑顔で出迎える。

 

院長「お待ちしてました!八坂さんですね!どうぞお入りください!」

 

声は元気はつらつ。ボリュームは大きめで、見かけによらず若々しさを感じる。

仏頂面で愛想がなく、小声で、何かにつけて文句ばかり言うオジサンかもしれないと不安に感じていたが、真逆の印象だ。

1年のうち340日が発情期と言われても納得してしまいそうな勢いがある。

見かけが怪しげな鍼灸院だからこそ、接客に力を入れているのかもしれない。

八坂の期待はいい意味で裏切られた。安心して治療を任せられそうな院長である。

 

院長の案内に従い、部屋に入る八坂。

本来リビングにあたるであろう部屋の中心に診察台があり、その周りには台座に乗った、何に使うかよく分からない機械がいくつか置かれている。

院長は八坂に、診察台に腰掛けるよう促した。

少し緊張しながら診察台に座る八坂。太ももがヒンヤリする。

 

院長「今日はどうしました?お体、調子悪いところありますか?」

 

八坂「肩こりが酷くて……特に右肩なんですけど、何もしなくても痛いんです」

 

院長「なるほど。ちょっと失礼」

 

八坂の右肩を触る院長。

 

院長「これはツライですね。肩の筋肉がパンパンですよ、パンパン。昔、上野動物園にいたパンダみたいだ……あっ、あれはランランか!はははっ!」

 

何も面白くないギャグのようなものを飛ばす院長。八坂の緊張を解そうとしてくれているのだろう。

乾いた愛想笑いを向ける八坂。

八坂の笑みを見て満足げな顔を浮かべる院長に少しイラついたが、気を遣ってくれていることには少し感謝した。

 

院長「じゃあ診察台にうつ伏せになってください。鍼、入れていきましょう」

 

診察台には楕円形の穴が空いている。ここに顔を入れて治療を受けるようだ。

八坂は穴に顔を突っ込んだ。

 

目の前に男の顔が見える。

八坂と目が合っている。

一瞬、何が何だかよく分からなくなった八坂。

目を大きく開き、白っぽい顔色の男が、診察台の下で仰向けに寝ているのだ。

 

八坂「うわぁぁっ!」

 

飛び起きる八坂。

 

院長「どうしました?」

 

八坂「台の下に男の人が……」

 

院長「へ……?何言ってるんです?」

 

八坂「……いや……何でもないです……」

 

院長「そうですか……いやぁそれにしても八坂さん、肩だけじゃなく背中もすごく凝ってますよ。こんなに凝ってると、私も張り切らなくちゃですな、鍼だけに。はははっ」

 

自分の気のせいかもしれない。

そう思い直し、再び診察台の穴に顔を突っ込む八坂。

 

いや、やはり気のせいではない。

男がいる。

目元にうっすらと入ったシワや、ほうれい線の深さからして年齢は40代だろう。

角度的に上半身しか見えないが、服を着ていない。

 

確かに男がいる。診察台の下に男が仰向けで寝そべっている。

これも何かのサービスなのだろうか。

だとしたら何を目的としているのだろうか。

八坂の頭の周りをクエスチョンマークがぐるぐると回った。

 

診察台の下の男は瞬きすらしない。

じっと八坂のことを見つめている。

生唾を飲み込む八坂。その瞬間、男が口を開いた。

 

男「よぉ、気づいてるよな……?キミ?」

 

男の問いかけに何も答えられない八坂。

自分が今置かれている状況がいまいち飲み込めてない。

 

男「目が合ってるんだから、気づいてるだろ?……まぁいいや、そのまま聞いてくれ。もし今日がキミの人生最後の日になるとしたら、何が食いたい?」

 

八坂「や……焼肉……」

 

男「寿司だろうがぁ!お前の人生は食べ放題2時間2,980円で終わりでいいのかこのタコっ!」

 

八坂「いいだろうが焼肉でもよぉ!肉が好きなんだよぉ!」

 

院長「八坂さん!?どうしました?」

 

八坂の体を触診していた院長が話しかける。

 

八坂「あっ……すみません、何でもありません……」

 

院長「リラックスしてくださいね、リラックス。あっ、もしかして、緊張の糸が張り詰めてませんか?鍼だけに。はははっ」

 

謎の男に対し声を荒げてしまった八坂は、少し恥ずかしい気持ちになった。

突然「肉が好きだ」などと意味不明なことを大きな声で発し、院長を驚かせてしまっただろう。

その一方、違和感も覚えた八坂。

院長にはこの男と自分の会話は聞こえていなかったのだろうか。

そもそも、院長は診察台の下に男がいることを把握しているのだろうか。

 

相変わらず八坂のことを見つめ続ける男。

八坂は男に話しかけられても無視しようと心に決め、目を閉じた。

 

男「おい……キミ……もし今日が人生最後の日だとしたら、誰に会いたい?」

 

八坂「……」

 

男「誰に会いたい?え?今日が人生で最後の日で、もう誰にも会えないとしたら……」

 

八坂「……お、お母さん」

 

男「マザコンなのは構わないが『母』って言え!社会人だろお前ぇ!!!」

 

八坂「診察台の下にいるやつがビジネスマナー説くなぁっ!!!」

 

院長「どうしたんです八坂さん!?さっきから大声出して」

 

八坂「す、すみません……」

 

院長「どうしました?一体何なんだか私にはさっぱり……ピンときませんな、鍼だけに。はははっ」

 

またも八坂に恥じらいの気持ちが生まれた。

つい男に乗せられてしまった。

 

もう何を聞かれても答えまい。八坂は心の中で固く誓った。

もし治療中に大声を出して院長を驚かせてしまったら、あらぬところに鍼を刺されかねない。

八坂は深呼吸し、目を閉じた。男の息のニオイだろうか、異臭が鼻の奥を突き刺す。

 

男「おい……キミ……おい……ブサイク……寝顔ブサイク……」

 

八坂「……うるせぇなぁ、話かけるな」

 

男「好きな食べ物も、言葉遣いも、ルックスも全然オレとマッチしない、気に食わないキミにアドバイスがある……」

 

八坂「だからうるせぇって……」

 

男「オレもキミみたいな相容れないヤツにアドバイスなんてしたくない……でも一応言っておくぞ……」

 

八坂「……何だよ?」

 

男「今すぐ帰れぇこのマヌケェ!!!」

 

八坂「口悪ぃなさっきからぁっ!!!」

 

院長「八坂さん!?どうしたんですか!?いい加減にしてくださいよ!」

 

院長の言葉でハッと我に返る八坂。

 

八坂「すみません院長!何なんですかこの人!診察台の下にいるこの人!」

 

院長「え?」

 

八坂「変な質問してくるわ、悪口言ってくるわ、何なんですか?イタズラですか?」

 

院長「……まさか、喋るわけありませんよ。さっきしっかりトドメを刺しましたからね、鍼だけに。はははっ」

 

<完>