私の名前はジロギン。

HUNTER×HUNTERなどの漫画考察や、怪談・オカルト・都市伝説の考察、短編小説、裁判傍聴のレポートなどを書いている趣味ブログです!

【短編小説】患者をいたぶる歯医者

悪刃 虫俊(あくば むしとし)は、今年で40歳になる男性。

この日、歯石除去のため、近所の歯科医院に来ていた。

何年も歯科医院に行っていなかった悪刃だが、動画配信サイト『XRadios』で歯石除去の動画を見て、「もしかしたら自分も、とんでもない量の歯石が溜まっているのではないか」と不安になり、行動に移した。

 

診察台の上に仰向けになる悪刃。

悪刃の顔を覗き込むように、ヌッと、青いマスクをつけた男性が現れた。悪刃の歯石除去を担当する歯医者だ。

マスクで顔はよく見えないが、髪は白髪混じりの黒髪で、黒縁の眼鏡をかけている。目尻に少しシワが入っているところを見ると、年齢は悪刃とそう変わらない感じだ。

 

歯医者「では始めましょう。本来、歯石除去は歯科衛生士に任せているのですが、悪刃さんは当院が初めてということですから、この医院で最も実績のある院長の私自ら、手を汚させていただきます」

 

悪刃「手を汚すって!もっと他の言い方ありません!?汚いことやるみたいじゃないですか!」

 

歯医者「悪刃さん、あなた何年も歯医者に来てないそうじゃないですか。そんなあなたの口内をこれから触ろうっていうんです。手を汚すという表現が適切でしょう」

 

悪刃「いやでも……なんか嫌な気分になるなぁ」

 

歯医者「この程度の言葉で気分を害するとは……精神的に脆いですなぁ!私が浴びてきた罵詈雑言に比べたら、こんなの悪口にもならないだろうに!」

 

悪刃「何があったんだよアンタ!なんで罵詈雑言を浴びせられてるんだよ!」

 

歯医者の第一印象は最悪。院長だから腕はいいのかもしれないが、これなら新人の歯科衛生士にやってもらった方が170倍マシだと、悪刃は思った。

 

歯医者「お口を開けるなら、しゃべるためではなく治療のために開けてくださいね。じゃあ、お口アーンして、アーン」

 

悪刃「アーン」

 

歯医者「もっと!アーン!アーーーーン!」

 

悪刃「アーーーーン!」

 

歯医者「もっと開けて!ほらもっと!あと80°!!」

 

悪刃「裂けるわ!カバじゃねぇんだから!そんなに口の可動域広くねぇわ!」

 

歯医者「……全く、軟弱すぎて話になりませんな。こんな程度の痛みで音を上げてちゃ、治療の痛みに耐えられるのか怪しいものだ」

 

悪刃「……え?歯石除去って痛いんですか?」

 

歯医者「痛くないですよ。私が過去に味わった、あの苦痛に比べればね」

 

悪刃「さっきから何なんだよアンタ!過去に何があった!?」

 

頭のいかれた歯医者に振り回される悪刃。このままでは、いつまで経っても治療が始まらないので、歯医者の変な発言には耳を貸さないことにした。

歯医者は悪刃の口に、指と除去器具を入れる。

 

歯医者「では始めますよ。痛かったら『痛い』って言ってくださいね」

 

悪刃「ふぁい」

 

ゴリゴリと歯石を削り始める歯医者。

悪刃は歯のことに詳しくないので感覚でしかないが、相当硬い歯石が付着しているように感じる。

突如、右下の歯茎に鋭い痛みが走った。

 

悪刃「ふみまふぇん!いふぁい!なんかいふぁい!」

 

歯医者「ああ、心配ないですよ。※スケーラーを歯茎に引っ掛けて、血を出しただけですから。あえてね」

※スケーラー:歯石を取るときに使用するフック状の器具

 

悪刃「いや何やってんですか!?何で痛くしてるんですか!?」

 

悪刃は勢いよく上半身を起こした。

 

歯医者「歯茎が腫れているので、あえて出血させて腫れを引かせるんですよ。歯石除去の一環ですから」

 

悪刃「ああそうなんですか。すみません。声を荒げてしまって」

 

歯医者「いえ全然。私が一番怒鳴られたときは、銃声と同じくらいの声量でしたから、なんてことないです」

 

悪刃「何やらかしたんだよ!というか人間って銃声並みの声量出せるのかよ!?」

 

悪刃は仰向けの態勢に戻り、歯医者は作業を続ける。

 

歯医者「かなり硬質化してますね……手作業じゃ取りきれないなぁ……ここからはドリル使いますね」

 

悪刃「ドリル……不安だけど、分かりました」

 

歯医者は回転する小型のドリルを、悪刃の口の中に入れる。

 

歯医者「痛くないですか?」

 

悪刃「はひ、だいひょうふでふ」

 

歯医者「でもこうすると痛いですよね?」

 

悪刃「あががごあがあああぁぁぁがっはっ!ひょ、ひょっほ待っふぇ!」

 

歯医者はドリルを悪刃の口から離した。

悪刃はリクライニングベッドの12倍速くらいのスピードで上半身を起こす。

 

悪刃「何やってんすか?!めちゃくちゃ痛いんですけど!!」

 

歯医者「いや、ドリルを、さっき出血させた歯茎の神経に当てただけですが」

 

悪刃「何でドリルを神経に当ててんですか?!わざと痛くなることしないでくださいよ!」

 

歯医者「すみませんでした。でもね、あのとき私が与えられた体罰は、こんなもんじゃなかったぞ!」

 

悪刃「いやもう、わけがわからん……なんなのこの人……」

 

歯医者「治療を続けますので、横になってください」

 

悪刃「いや、怖いです!絶対に痛くするでしょ!?」

 

歯医者「はぁ……全く、忍耐力のない人だ。私ならこんな痛み、軽く3年は耐えられるのに……では仕方ないですね。麻酔をしましょう。普通、歯石除去で麻酔なんて使わないのですが」

 

歯医者は診察台を離れると、どこからか注射器を持ってきた。

仰向けの態勢に戻った悪刃の歯茎に、歯医者は注射針を刺し、麻酔を注入する。

 

歯医者「効くまで少し待ってくださいね」

 

麻酔を打ってから5分ほど経ったころ、悪刃は強い眠気に襲われ始めた。

 

歯医者「……どうです?眠くなってきましたか?」

 

悪刃「……はい……あれ?……歯医者の麻酔って……こんなに眠くなるものでしたっけ……?」

 

歯医者「いいえ。でも今回は眠くなるでしょうね。なぜなら虫歯治療に使う麻酔の3600倍強い薬を投与しましたので」

 

悪刃「さ……3600……って……それ……大丈夫……なんですか?」

 

歯医者「大丈夫じゃないですよ」

 

悪刃の意識は朦朧とし、体に力が入らなくなる。

かろうじて目を開けることはできるが、視界は水の中のようにぼやけている。

 

歯医者「ところで、覚えてます?私のこと?私だよ、私。鎌袋 玉夫(かまぶくろ たまお)」

 

歯医者はマスクを外す。

 

悪刃「か……かまぶ……くろ……た……まお……?」

 

歯医者「中学の頃、お前にいじめられてた鎌袋だよ。あのときは、集団でリンチしたり、校庭で私の教科書を燃やしたり、クラスメイトの前で服を脱がしたり、教師の車に傷つけたのを私のせいにしたりと、いろいろやってくれたよなぁ。あれから25年経って、まさかお前が、うちの医院に患者として来るとは思わなかったよ。『悪刃』という名前を見て、すぐにお前だと分かった。神様、どうもありがとう。復讐のチャンスをくれて」

 

悪刃の視界がどんどん暗くなる。

そして悪刃の意識は、二度と戻ることは無かった。

 

<完>