私の名前はジロギン。

HUNTER×HUNTERなどの漫画考察や、怪談・オカルト・都市伝説の考察、短編小説、裁判傍聴のレポートなどを書いている趣味ブログです!

【短編小説】廃墟暗殺

19時35分。夕日は沈み、辺りは静かな闇に包まれている。

市目鯖(しめさば)高校心霊同好会の4人は、彼らが暮らす県内の山奥にある廃校舎に到着した。25年前、地域の少子化により通う子供たちがいなくなり、廃校になった旧・鎌鍬第二(かまくわだいに)中学校。今では「出る」心霊スポットとして、マニアに有名だ。

鉄筋コンクリートで作られた白い校舎だが、色はくすみ、ところどころヒビが入っている。もう誰も管理していないのだろう。防犯対策も甘く、バリケードの一つすら設置されていなかったため、楽に侵入できた。

 

彼らは同好会の活動、つまり廃墟探索にやって来た。心霊同好会はカズヒロ、サエ、シゲミ、トシキという4人のメンバーで構成され、各地の廃墟や心霊スポットを探索している。その様子を、カメラ担当のトシキがスマートフォンで撮影し、動画投稿サイト「XYZtube」にアップロードしているのだ。しかしチャンネル登録者数は4人。投稿しても、撮影した本人たちしか見ていない。

 

カズヒロ「意外に遠かったなー。帰りの時間を考えると、早く見て回らないとだぜー」

 

部長のカズヒロが仕切る。そんなカズヒロに水を差すように、銀縁のメガネを指でクイっと上げながらトシキが一言。

 

トシキ「まず着替えたほうが良くないかい?今日はいつもと違ってみんなブレザーだよ?もし動画が誰かに見つかったら、学校特定されて通報されるかも……完全に不法侵入だし」

 

カズヒロ「どうせ俺らしか見てねーんだから、平気だろー。ただ、俺らが前に行った廃墟が、何日か後に全焼した事件あったじゃん?そういうことする放火魔みたいなやつには注意しないとかもなー。まぁこっちは4人だし、よっぽどのことがなきゃ何とかなると思うけど。じゃ、行こうぜー」

 

先陣を切るカズヒロ、続くサエ、そしてシゲミ、最後尾はスマートフォンを構えるトシキ。彼らが廃墟探索をするときは、この順番で縦に並んで歩くのが暗黙の了解になっている。

昇降口の扉を開くカズヒロ。中は真っ暗で、光源は何もない。カズヒロ、サエ、シゲミはそれぞれ、肩にかけたスクールバッグから懐中電灯を取り出して点灯する。

 

サエ「もう心スポ10ヶ所くらい回ってるけどさぁ〜、そろそろ幽霊の一匹くらい出てもよくなぁ〜い?」

 

サエがこぼす。彼らにとって廃墟探索は目的ではなく手段だ。真の目的は、幽霊をカメラに捉えること。もし本物の幽霊が撮れれば、テレビ局や動画投稿者たちがこぞって取材に来て有名になれる……元々は単なる心霊ファンの趣味の集いだったが、最近はそんな虚栄心が活動のエネルギーになっている。

 

カズヒロ「でもよー、マジで出てこられても困らねぇー?呪われるかもしれねぇしー」

 

トシキ「そのときはカズヒロを差し出すよ。幽霊が真っ先に襲うのはキミみたいにリーダーぶってるやつだから」

 

カズヒロ「『洒落怖』の読み過ぎだろー」

 

談笑する3人から数メートル離れた場所にある靴箱をじっと観察するシゲミ。シゲミは普段ほとんどしゃべらないため、他の3人は彼女のことをよく知らない。けれど、廃墟探索中に怖がったり、取り乱したりすることが全くないことから、根っからの心霊好きなのだろうとは認識している。

 

サエ「シゲミ〜、何かあったん?」

 

シゲミ「別に何も」

 

カズヒロ「最上階まで一気に上がって、上から順に全教室見てこうぜー」

 

4人は階段を上がる。2階と3階の間にある踊り場に差し掛かったときだった。

 

トシキ「うわぁっ!」

 

最後尾のトシキが悲鳴をあげた。

 

カズヒロ「どうしたー?」

 

3人が懐中電灯でトシキを照らす。

 

トシキ「なんか右肩が急に冷たくなって。水をかけられたみたい」

 

サエ「え〜?どゆこと?」

 

トシキ「分からないけど、誰かに水をかけられたんだ」

 

トシキの目の前にいたシゲミが、ぐっしょり濡れたトシキの肩を触る。

 

シゲミ「これ、水じゃなくって血だね」

 

シゲミが自分の懐中電灯で照らした左手は、真っ赤な血に染まっていた。

 

トシキ「ええっ!?何で血が!?」

 

サエ「わけ分からん……けど、これってさぁ〜」

 

カズヒロ「おいおいおいおい、ついにマジもんの場所、引き当てちゃったんじゃねー?」

 

トシキ「いやキミら何テンション上がってんの!?」

 

サエ「だって有名になれるチャンスが来たってことじゃん!撮った?動画撮った?血がかかる瞬間の動画?」

 

トシキ「いや撮ってないけど……」

 

サエ「んだよ使えんなぁ〜。かかった後を撮っても、ヤラセだと思われるのがオチじゃん」

 

カズヒロ「でもよー、まだ入って5分足らずでこれってことは、他にも何か起きるんじゃねー?また別のチャンスが来たらちゃんと撮れよートシキ」

 

トシキ「幽霊にはちょっかい出されるし、人間にはコキ使われるし……ボクは前世でかなりの悪事を働いたんだろうな」

 

シゲミはしゃがみ、トシキが血を被ったあたりの床を触る。

 

トシキ「ん?シゲミちゃん何か見つけた?」

 

シゲミ「別に何も」

 

ーーーーーーーーー

 

4人は最上階の3階に到着した。最初に入ったのは音楽室。古びたグランドピアノが一台ポツンと置いてある、殺風景な部屋だ。

 

トシキ「ピアノは運び出せなかったのかもね」

 

カズヒロ「音楽室にピアノかー。このシチュエーションは怪談話の定番だよなー。夜中に誰もない音楽室で、誰かが演奏するピアノの音が聞こえるみたいな」

 

サエ「ベタ過ぎ〜。もし本当に起きたとしても『だから?』って感じだわ」

 

サエがそう言い終わった直後、グランドピアノが床を勢いよく滑り、まるで動物園のゴリラが檻に体当たりするかのようにサエにぶつかった。サエは3〜4メートルほど弾き飛ばされ、音楽室の壁に体をぶつける。

 

サエ「ぐはっ!」

 

シゲミ「サエ!!」

 

カズヒロ「おい大丈夫かよー!?」

 

トシキ「だ、誰も押してないよ!勝手に動いた!」

 

サエは胸を両手で抑えながら、よろよろと壁から離れる。

 

サエ「アバラ5〜6本イったかも……」

 

トシキ「だとしたら喋れないだろうから、大丈夫そうだね」

 

サエ「てかどゆこと?アタシがベタとか言ったから、幽霊が物理的に黙らせようとしたってわけぇ〜?」

 

カズヒロ「そうじゃねー?で、トシキよー、今の撮ったかー?」

 

トシキ「撮ったけど、あれくらいのことは人間の力でもできるからなぁ……ヤラセって言われたら、否定できないよ」

 

サエ「アタシが身を挺したってのに、最悪だし〜」

 

カズヒロ「まぁ次だなー、次」

 

シゲミは一人でに動いたグランドピアノの裏側をじっと観察する。

 

カズヒロ「シゲミーどうした?ピアノ動かした犯人でもいたかー?」

 

シゲミ「別に何も」

 

4人は音楽室を後にした。

 

ーーーーーーーーー

 

その後3階で霊障に見舞われることはなく、2階もすべての教室を回ったが暗くて不気味なだけで平穏。後回しにしていた1階でも特に何も起きず。残す探索場所は4人が入ってきた昇降口近くのトイレだけとなった。

廊下の一部がトイレになっており、正面から見て右側が男子トイレ、左側が女子トイレだ。カズヒロを先頭に、女子トイレに入る4人。中は縦長の作りで、入口の近くに洗面台が3つ、奥の方に個室が5つ並んでいる。

 

カズヒロ「やっぱ学校の怪談といったら女子トイレだよな〜」

 

サエ「アンタさっきからベタ過ぎじゃない?」

 

カズヒロ「おいサエ、反省してないみたいだなー?幽霊さーん?この子まだお仕置きが足りないってー!」

 

サエ「マジやめろし!次は殺されっかもしれないじゃん!」

 

トシキ「でも撮れ高が必要だしなぁ」

 

サエ「はぁ〜?ふざけんなこのデバガメ野郎!」

 

カズヒロ「幽霊さーん!早くー!幽霊さーん?」

 

サエ「もういいって〜」

 

カズヒロ「幽霊さーん!?幽霊さーん!?」

 

トシキ「カズヒロ、もうやめてあげなよ」

 

カズヒロ「幽霊さーん!幽霊さーん!幽霊幽霊幽霊さーん!幽霊さーん!幽霊さーん!幽霊幽霊幽霊さーん!ゆ幽霊さ幽ん霊ゆされ幽霊霊ゆーん!さ幽ささ霊ん!」

 

サエ「カズヒロ?ねぇ?」

 

カズヒロの黒目が徐々に上まぶたの中に消えていき、白目を剥く。

 

トシキ「な、なんだよ!?カズヒロ!どうした!?」

 

カズヒロ「霊んさ!幽ん霊ゆん霊幽!ー霊んさ霊幽んさんゆ霊ゆれ霊さんゆー幽んさ霊んゆー!」

 

シゲミが左足でカズヒロの頭に上段蹴りを見舞った。蹴られた勢いで女子トイレの個室の扉にぶつかり、ワンバウンドして床に倒れたカズヒロ。そしてゆっくりと立ち上がる。

 

カズヒロ「あれー?俺寝てたー?しばらく記憶がないんだけどー?」

 

サエ「いやアンタ、なんかラリってたよ」

 

トシキ「まさか……憑依されてた……?」

 

シゲミ「ここ、ちょっとヤバイかもね」

 

シゲミの一言は、3人にとって重みがあった。今までどこの廃墟に行っても眉一つ動かさなかったシゲミがヤバイと言うのだから、よっぽどなのだろう。

 

シゲミ「トシキくん、サエちゃん、カズヒロくん……順番的に次は私か。みんな先に外出てて。ちょっとやることがあるから」

 

カズヒロ「えっ?なんかシゲミ珍しい……そこまで言うならなぁー」

 

サエ「じゃあ先に出てるよ〜。早く戻ってきてねぇ〜」

 

トシキ「シゲミちゃん、何かあったらボクの代わりに撮影お願いね!」

 

3人はシゲミを残し、女子トイレを出る。入れ替わるように、女子トイレの入口から見て最奥の個室の扉がギギギと音を立てながらゆっくり開いた。一人、扉を見つめるシゲミ。

個室の中から、学ランを着た中学3年生くらいの若い男が現れた。

 

中学生「幽霊になって女子トイレに入るってのは、男のロマンだよなぁ?」

 

シゲミ「そうなの?知らないけど」

 

中学生「……幽霊本体が登場したってのに、まだビビらないのか?……ウゼェなぁ。お前みたいに沈着冷静なやつ、ウゼェよ。怖がってもらわないと、幽霊やってるのがバカらしくなる」

 

シゲミ「怖い?怖がらせる気があるとは思えないほど、稚拙な脅しばかりだったけど?もっと本気で怖がらせてくれないと」

 

中学生「ダメ出しかい。傷つくねぇ。でも俺の見立てが甘かったのは確かだ。他の3人は簡単にビビったから、お前を驚かすのも余裕だと思ったけど……お前はずっと冷静さを失わず、霊障の原因を調査してやがった」

 

シゲミ「調査ね……」

 

中学生「そんなお前に敬意を表して、俺自ら出て来てやったわけだ。どうだ?お前の調査した結果通りだったか?幽霊がいると予想できたか?」

 

中学生がケラケラと笑う。その口は、頬を両断し両目の近くまで大きく裂けている。

 

シゲミ「私たち以外の人にも、同じようなことしてきたの?」

 

中学生「まぁな。俺の趣味みたいなもんさ。」

 

シゲミ「なるほど。じゃあ貴方は悪霊ってわけだ。おとなしく暮らしてただけなら、見逃してあげたのに」

 

中学生「ああ?何言ってんだ?」

 

シゲミ「冥土の土産に教えてあげる。私が調査をしていたのは正解。でも霊障の原因を調べていたわけじゃない。私はただ、ある人物に依頼された仕事のための下調べをしていただけ。その人物が誰かは、貴方みたいに口が裂けても言えないけど」

 

中学生「仕事?廃墟探索すると金くれる人がいんのか?いいやつだな。もったいぶらずに俺にも紹介してくれよ」

 

シゲミ「違う。廃墟に行って、このボタンを押すのが仕事」

 

シゲミの右手に黒くて小さい、手のひらに収まるくらいの円筒形の金属が握られている。金属の片側は赤く、その部分にシゲミの親指が当たっている。

 

中学生「スイッチ?」

 

シゲミ「C-4を仕掛ける最適な場所をずっと探してたの」

 

中学生「なんだよC-4って?」

 

シゲミ「廃校に引きこもって人様を脅かしてただけの貴方が知らないのも無理ないか。C-4は爆弾の一種。ここに来るまで、55カ所設置してきた。この校舎を吹き飛ばすために」

 

中学生「じゃあ……そのスイッチは……」

 

シゲミ「いつもなら私たちに容疑がかからないよう、1ヶ月以上後に爆破させるんだけど、姿を見せてくれた貴方に敬意を表して、今ここで起動させてあげる」

 

中学生「お、おいやめろ!」

 

シゲミ「私は、廃墟ごと悪霊を暗殺する女子高生殺し屋だ!地獄で反芻しな!」

 

シゲミは親指でスイッチを押した


ーーーーーーーーーー


校舎の外、校庭の中央でシゲミを待つ3人。

 

トシオ「シゲミちゃんのやることってなんだろうね?」

 

カズヒロ「ウ⚫︎コじゃねー?」

 

サエ「たぶんオナラと一緒にとんでもないのをブチかますから、私たちに出て行ってほしかったんでしょ?」

 

3人の背後で爆音が鳴り響いた。校舎の窓が次々と割れ、炎が噴き出す。3人は飛び散るガラスの破片と舞い上がる炎に巻き込まれないよう、急いで校舎から距離をとった。ほんの数十秒のうちに、校舎は爆炎に包まれた。

真っ赤に燃え上がる炎の中から、シゲミが歩いて出てきた。3人がシゲミに近寄る。シゲミはブレザーがところどころ焦げているものの、大きな怪我を負っている様子はなかった。

 

サエ「シゲミ……これって……?」

 

シゲミ「別に何も」

 

<完>