私の名前はジロギン。

HUNTER×HUNTERなどの漫画考察や、怪談・オカルト・都市伝説の考察、短編小説、裁判傍聴のレポートなどを書いている趣味ブログです!

【短編小説】病院に来た元傭兵

竿沢 茎助(さおざわ けいすけ)は内科医で、「ブッチャー医院」の院長。年齢は51歳。M字にハゲた前頭部がトレードマークの男性だ。

大学病院で約20年勤務した後、独立・開業した。

「ブッチャー医院」は小さな地域密着型の病院で、主に地元の人が利用する。患者の多くは、お年寄りか子連れの親子だ。

竿沢は、今日も診察室で白衣をまとい、病気や体調不良に悩む患者を診ていた。

 

看護師「ジョー宗則(むねのり)さーん!ジョーさーん!診察室にお入りください!」

 

診察室のすぐ外にある受付にいる女性看護師の声が、扉越しに竿沢の鼓膜を揺らす。

珍しい名前の患者が来たと、竿沢は思った。ハーフの人かもしれない。

 

ガチャリと診察室の扉が開く。

身長190cm、筋骨隆々でピチピチの白いタンクトップと、太もも部分がパンパンのジーパンを着た男性が入ってきた。

体格こそ海外規格だが、顔の感じからすると日本人のようである。

見た目の迫力に少し萎縮した竿沢。だが、相手は自分に助けを求めてやって来た患者であり、子どもだろうがお年寄りだろうが、筋肉モリモリマッチョマンの変態だろうが、やることは変わりない。「どうぞ」と、目の前にある丸いすに座るよう促した。

 

竿沢「今日はどうされました?」

 

ジョー「少し熱っぽくて」

 

竿沢「じゃあタンクトップで外歩くのやめましょうね。今12月ですから、風邪ひきますよ」

 

ジョー「オレがいた戦場は、12月でも火薬の炎と煙で熱かった。戦場のメリークリスマス」

 

竿沢「何言っているんですか?とにかく暖かくしてくださいね」

 

ジョー「それから、喉も痛いんだが」

 

竿沢「なるほど。もしかしたら扁桃腺が腫れてるかもしれませんね。見てみましょう。お口をアーンってしてください。アーン」

 

ジョー「……」

 

竿沢「口開けてください。アーン。そうじゃないと見られませんので。アーンしてください」

 

ジョー「オレは絶対に口を割らない」

 

竿沢「これ尋問のためにやってるんじゃないんですよ。喉を見るだけですから、口を開けてください」

 

ジョー「口を割るなら、舌を断て。オレは上官にそう教わった」

 

竿沢「じゃあ見られませんよ喉。痛い原因が何か分からないままになりますけど、いいんですか?」

 

ジョー「仲間を売るくらいなら、喉が痛い方がマシだ」

 

竿沢「ならもう見ませんよ。もう知りませんからね」

 

ジョー「あと、耳が痛いんだ」

 

竿沢「耳ですか。耳は私の専門外ですが、少し見てみましょうか?」

 

ジョー「お母さんが『いい加減、定職に就きなさい』と言ってきて、耳が痛いんだ」

 

竿沢「それは本当に私の専門外です。治せません。ハローワークに行ってください。というか、働いてないんですか?今日、お金持ってきてます?タダで診察するわけにはいかないんで」

 

ジョー「今は働いていないが、昔、オレは傭兵をやっていた。そのときの貯金がある」

 

竿沢「傭兵……ああ、だから戦場がどうとか、上官がどうとか言ってたんですね。まぁ、お金を持ってるなら構いませんが」

 

ジョー「国のために戦っても、結局言われるのは『金は持っているのか?』だもんな。世の中、金が全てってわけかい?平和や誉れよりも、金が優先なのかい?」

 

竿沢「いや、傭兵ってお金でいろんな国に雇われる兵士のことですよね?あなたも思いっきり金のために生きてきたんじゃないですか?」

 

ジョー「アンタに話す義理はないな。それより早く、インフルエンザの予防接種をしてくれないか?」

 

竿沢「予防接種のために来たんですか?ダメですよ、熱がある人は下がってからでないと……」

 

ジョー「うるせぇ!いいから打て!アンタは熱があるかないかという国境(ボーダー)に囚われているようだが、傭兵として国境(ボーダー)を超えて戦ってきたオレなら、何も問題ない!打て!」

 

竿沢「もう何言ってるのか意味が分かりませんけど、打ちますよ。どうなっても知りませんからね」

 

ジョー「……やっぱり待ってくれ……ふぅー……ふぅー……」

 

竿沢「どうしたんですか?もしかして、あれだけ啖呵切っておいて、ビビってるんですか?ダサいですねぇ。怖いなら、やめておきます?」

 

ジョー「いや、熱がある状態で予防接種をすることは怖くない。本当に恐れているのは、オレの腕に注射針が刺さること……それだけだ」

 

竿沢「もっとダサいですよ」

 

ジョー「……ああ怖いさ……腹にナイフを刺されたことも、頭に銃弾をぶち込まれたこともある。それでも、注射の痛みには勝らない」

 

竿沢「注射よりよっぽど痛いと思うんですけどね。そんな経験してるなら、注射くらい大丈夫じゃないですか?」

 

ジョー「体の震えが止まらねぇ……注射というのは、オレにとって非日常。ナイフで刺されることの方が、まるで歯を磨くくらい日常的で、オレは慣れっこだ……その証拠に……これを見なっ!」

 

ジョーはズボンの右ポケットから折りたたみ式のナイフを取り出すと、右手で逆手に握り、右太ももに突き立てた。

太ももから大量の血が流れ、青いジーパンがドス黒く染まっていく。

 

ジョー「はははっ……はっ……ははっ……これが日常……オレにとっての歯磨き……どうだ見ろよ、震えが止まったぜ……さぁ先生!今のうちに打て!」

 

竿沢はジョーの左二の腕に注射針を刺す。ジョーは目を瞑り、注射器から顔を背けた。

予防接種は数秒で終了した。

 

竿沢「これで終わりですけど……もう他に要件はないですよね?」

 

ジョー「……先生、太ももの縫合手術ってできるか?」

 

竿沢「外科行け。徒歩で」

 

<完>