私の名前はジロギン。

HUNTER×HUNTERなどの漫画考察や、怪談・オカルト・都市伝説の考察、短編小説、ウォーキング(散歩)の記録などを書いている趣味ブログです!

【短編小説】道端でうずくまっている人に開腹手術を施す外科医

近所のコンビニに向かう道中、毛我野 病治郎(けがの やまじろう)は激しい腹痛に襲われた。

胃に尖った爪が食い込み、思い切り握りつぶされるような感覚。約30年の人生で体験した、どの腹痛よりも強い痛みに、毛我野は立っていることさえできなくなった。

歩道の片隅で腹部を手で押さえ、うずくまる毛我野。ここが自室であれば、羞恥心など忘れて苦痛の声を上げていただろう。

 

地獄のほうがマシだと思える時間が、10分ほど続いたときだった。

 

男性「大丈夫ですか?」

 

紺色のスーツを着た男性がしゃがみ込み、毛我野の肩をゆする。

通りかかった男性が、毛我野の様子を見て心配し、声をかけてくれたのだ。

 

毛我野「お腹……お腹がいた……うぐぅっ!」

 

悶絶まじりに、男性に助けを求める毛我野。

 

男性「お腹が痛いんですね?安心してください。私は医者です」

 

地獄で仏とは、まさにこのことだ。偶然通りかかった人が、医者だなんて。きっと適切な処置をしてくれるだろう。そんな毛我野の想いは、雷の速さで過ぎ去ることになる。

 

男性「ただ、私は外科医なもので……腹痛とか、そういう内科的なことはよくわからないんですよね……」

 

毛我野「えっ……そ、そんな……べぶはぁっ!」

 

男性「とりあえず、お腹を開いてみましょう。それが一番手っ取り早いので」

 

毛我野「お腹を開く!?や、やめてください!それよりきゅ、救急車を……ぐふぅっ!」

 

男性「これはまずいな。一刻を争うぞ」

 

毛我野「そんな大袈裟な……ただの……腹痛ですよ……ぐはぁっ!」

 

男性「いや、ただの腹痛とは思えない。私は医者になって25年ですが、腹痛でここまで苦しんでいる人は見たことがありません」

 

つい十数分前まで、毛我野の体調に何ら問題はなかった。確かに凄まじい腹痛だが、前日に食べたものが原因の食中毒か何かであろうことは、素人でも分かる。なのに、この男性は外科医だからといって、開腹手術をしようとしている。「頭おかしいんかこのヤブ医者がぁ!」と、毛我野は叫びそうになった。

しかし、今のところこの男性に頼るしか、毛我野が苦しみから解放される方法はない。下手に罵倒すれば、男性の機嫌を損ね、放っておかれてしまう可能性もある。

だが、病院でも何でもない場所で開腹手術をされるのはごめんだ。なんとかして男性を説得し、手術ではない方法で助けてもらわなければならない。

毛我野の額から、脂汗が滝のように流れ出る。

 

男性は、自身の足元に寝かせていた黒い小さなキャリーケースを開いた。

中にはメスや鉗子(かんし)、ピンセットなど、医療ドラマ程度の知識しかない毛我野にも馴染みのある道具がビッシリ詰まっている。

 

男性「こんなこともあろうかと、常に手術道具を一式持ち歩いているんです。あなた、私に会えてラッキーでしたね」

 

毛我野「いや……あの……手術はしなくていいので、救急車を……ゲハぁっ!」

 

男性「救急車は来るまでに、最低でも20分程度かかるでしょう。私なら、3分以内に原因を特定し、排除できます」

 

毛我野「でも……こんな道端で手術なんて……うぐっ!うがぁぁぁぁっ!」

 

男性「あなたの体も限界に近い。救急車なんて待ってられません。ここでオペを開始します」

 

毛我野「や、やめて……本当にやめて……大丈夫ですからはぐはぁぁぁっ!」

 

男性「そういう素人判断が最も危険なのです。任せてください。私はこれまでに、手術は13回しか失敗したことがありません」

 

毛我野「まぁまぁ失敗してる……げへフゥゥっ!」

 

男性はゴム手袋を両手にはめると、うずくまる毛我野を仰向けに寝かせた。

痛みで体に力が入らない毛我野は、されるがままだ。

 

男性「まずは麻酔だな。本来なら麻酔科医がやることだが、今は私がやるしかない……あれ?麻酔……カバンの中に入れておいたはず……あれ?」

 

男性はキャリーケースの中をガサゴソとあさる。

 

男性「ない……麻酔がない……ならば仕方ありませんね」

 

男性はメスを逆手に持ち、毛我野の左太ももに突き刺した。

 

毛我野「あがあああああっ!な、なにを!うぶぅっ」

 

足に刺さったメスの痛みでうめき声を上げ、大きく開いた毛我野の口に、男性は丸めた白タオルを突っ込む。

 

男性「麻酔がないので、代わりに太ももを刺しました。この痛みで、開腹手術の痛みを誤魔化せるでしょう。大丈夫。動脈は傷つけてませんし、メスを抜かなければ大量には出血しません。もちろん、後で太ももの治療もしますから。念のため口にはタオルを。痛みで舌を噛み切ってしまうと、手の施しようがなくなりますからね」

 

毛我野「もごっもをごぉぉぉっ!」

 

「本当にやめてくれ」と言いたい毛我野だが、喉の奥のほうまで侵入してきたタオルに阻まれ、言葉を発することができない。

地獄に仏という言葉は撤回。やはり地獄には鬼がいるのだ。外科医という名の鬼がいるのだと、毛我野は改めて思った。

 

男性は毛我野のシャツを捲り上げ、露出した腹部に茶色い消毒液を、ドレッシングのようにかける。

そしてキャリーケースから新たにメスを取り出した。

 

男性「それでは、オペを開始します」

 

毛我野「もぐっもごぉっ!もぐぅぅぉぉぉっ!」

 

毛我野の声に耳を貸すことなく、男性はメスの刃を毛我野のみぞおちに当て、ヘソに向かってまっすぐにスライドさせる。毛我野の腹部に、一本の赤い線が入った。

男性が切開口を開き、さらに奥の臓器の様子を見ようとしたときだった。何もしていないのに傷口が広がり始め、雨が水たまりに降り注いで水面が弾けるように、血がぴちゃぴちゃと飛び散り始める。

毛我野の傷口から、成人男性の手のひらくらいはあろう大きさの、蜘蛛のような生き物が勢いよく飛び出し、男性の顔面に貼り付いた。

男性は顔からその生き物を引き剥がそうをしたが、皮膚と一体化しているかのように離れない。男性の鼻と口は生き物によって塞がれ、呼吸ができない。手に持ったメスで生き物を何度も突き刺したが、全く怯む様子はない。

 

地面に横たわり、もがく男性。しかし、やがて動かなくなった。

 

<完>