私の名前はジロギン。

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【短編小説】罪を犯した恩師の裁判を傍聴しに来た元教え子

ドラマや映画のイメージより、3サイズは小さいであろう法廷。40席ほどある傍聴席の中央最前列に、男は足を組んで座っていた。男以外にも傍聴人が12〜13人ほど着席している。

開廷予定時刻の5分前。男から見て真正面にある、裁判官が座る少し高めの座席。その左隣にある扉が開く。上下灰色のスウェット姿に眼鏡をかけた、白髪混じりの初老男性が、重い足取りで法廷に入ってきた。男性の手には銀色に輝く手錠がはめられており、前後に1人ずつ刑務官が帯同。どちらかが男性に手錠をかけたのであろう。

この初老男性こそ、自身が犯した罪に対する判決を待つ被告人である。

そして傍聴席の男は、被告人の行く末を見届けに来たのだ。

 

法廷の中央に設置された証言台。その右隣に置かれた黒いソファに、刑務官に挟まれる形で腰掛けた被告人。顔を下に向けており、傍聴席にいる男から表情は見えない。しかし、男の記憶にある、逮捕前の被告人のイメージとの変貌具合から、彼が絶望の淵に立たされていることは明らかだった。

以前は黒髪と白髪の割合が9:1だったのが、今は6:4になり、白髪の勢力が強まってきている。そして黒と白、両毛髪とも遠目で分かるほど、頭皮から分泌された脂でギトギトだ。長い拘置所生活で、風呂に入っていないのだろう。体重は10キロ以上落ちていると思われる。教壇に立っていたときより、一回りほど体が縮んだ印象だ。

 

被告人と男は、かつて恩師と教え子の関係にあった。

15年ほど前、男が通う中学校で数学の教師をしていた被告人。小難しい数学を分かりやすく教えてくれる先生で、生徒からも、保護者からも評判が良かった。

男にとって数学が得意科目になったのは、この先生の影響が大きい。元々得意だった文系科目と理科に加え、数学もできるようになったことで、男は県内トップの進学校に合格し、東大にも進学できた。4浪したが。

 

男にとって「恩師」というべき先生が、なぜ被告人と呼ばれるようになったのか。それは半年前にさかのぼる。

男がスマートフォンで、ネットのニュース記事をあさっていたときのことだ。見覚えのある男性の写真が目に入った。男に数学を教えてくれた恩師その人だった。写真は男が通っていた中学校の教室で撮影されたものである。

記事の見出しには大きく「生徒への性的暴行容疑で、現役教頭を逮捕」と書かれていた。男は最初「あの先生、教頭に出世してたのか」などと思ったが、直後、そんな呑気なことを言ってられないほど凶悪な犯罪が、恩師によって引き起こされていたことを知る。

記事には、「容疑者は、自身が勤務する中学校に通う女子生徒に対し『言うことを聞かなければ内申点に響く』などと脅し、下半身を触るといった性的暴行を繰り返していた。被害者は数十名に及ぶとみられ、犯行は容疑者が現在の学校に赴任する十数年前から行われていた可能性が高い。容疑者は『間違いありません』と容疑を認めている」とある。

十数年前ということは、男が中学生だったときから犯罪を行なっていたのかもしれない。「非常に評判の良かった先生が、なぜ」。月並みだが、そんな感情が男の脳内をぐるぐると巡った。

 

男にとって被告人は、数学という一つの教科を教えてくれた先生にすぎず、当時から関係は希薄だった。被告人は男の顔すら覚えていないだろう。15年前に自分の授業を受けていただけの学生を覚えている教師など、この世界に何人いるだろうか。

しかし、たとえ先生が自分のことを覚えていなくても、男にとっては自分の人生に影響を与えたキーパーソンであることには変わりない。だから、その行く末を知るべく、法廷に足を運んだのだ。

もしこの事件が、男が中学生の頃に発覚していたら、相当ショックを受けただろう。学校に行く気力を失っていたかもしれない。けれど15年経って、先生との関係性が当時よりさらに希薄になった今だからこそ、どんな判決が出ても冷静に受け止められる。そんな気がしていた。

 

被告人と刑務官が入ってきた扉が開き、今度は黒いマントのような衣服に身を包んだ裁判官が入ってきた。ショートボブに眼鏡をかけた吊り目の女性で、エリートっぽい雰囲気を醸し出している。

法廷内にいる全員が起立し、一礼。裁判官が座るのに合わせて各自着席した。

 

裁判官「では、被告人は証言台へ」

 

被告人は再び立ち上がり、すり足で証言台へと歩く。その間も、ずっとうつむいたままだった。

男の心臓はバクバクとスピーディに鼓動した。どんな判決が出ても、自分の人生にはほとんど影響ないはずなのに、他人事とは思えない。大腸の奥底から、言葉にできない感情が込み上げてくる。

 

裁判官「それでは判決を言い渡します。主文、被告人に懲役20年の判決を下す」

 

男「よぉぉぉっしゃぁぁぁっっっ!!Yeah!!執行猶予なし!!実刑Wow!!しかるべき!!しかるべき判決Fooooh!!気持ちいいぃぃぃっ!!罪人がしかるべき罰を受けるの気持ちいいぃぃぃっ!!特に顔知ってるやつがムショ送りになるの最高ぉぉぉぉっ!!」

 

裁判官「静粛に!うるさくすると、退廷してもらいますよ!」

 

男「すみません!でも本当にうれしくて!そいつ中学時代の恩師で、実刑判決が出たら少しは悲しい気持ちになるかもなって思ってたら、悪人がブダ箱にぶち込まれる爽快感のほうが上回っちゃって!!悪質な元変態教師に相応しい末路Fooooh!!ありがとう、裁判官さん!!ありがとう、優秀な検事さん!!ありがとう、無能弁護士さん!!」

 

男にとって被告人の不幸は、白メシ40杯食べられるくらい甘い蜜の味がした。

 

<完>