私の名前はジロギン。

HUNTER×HUNTERなどの漫画考察や、怪談・オカルト・都市伝説の考察、短編小説、裁判傍聴のレポートなどを書いている趣味ブログです!

【短編小説】見知らぬ若者に、庭の遊具でMASUKEの練習されるお父さん

会社員・鎌尾 学(かまお まなぶ)、36歳。

大学時代から交際してきた彼女と結婚し、今年で3歳になる息子が一人。

息子が大きくなってきたこともあり、生活しやすいよう一軒家を建てた鎌尾。

鎌尾自身、幼少期は庭付きの広い家で暮らしていたこともあり、息子にも同じような環境で育ってほしいと考えていた。とはいえ、鎌尾と妻の収入で、2人の勤務地である都内に庭付きの戸建て住宅を建てるのは難しい。そこで、都内と比べて土地の値段が安い栃木県の南部に家を建てた。

かなり広い土地を購入でき、息子が成長して、友達を家に招いたとしても存分に遊べそうである。

伸び伸びと運動ができるように、庭にはさまざまな遊具を設置した。その分、お金はかかってしまったが、息子の充実した生活と引き換えなら安いもの。

鎌尾が昔から抱いていた理想のマイホームが出来上がり、家族3人で平穏に暮らしていた。

 

しかしある夜、その平穏が音を立てて崩れ去ることになる。

 

ドンッ!ドンッ!ズドンッ!

 

鈍い衝撃音が、2階のダブルベッドで寝ていた鎌尾と妻の目を覚まさせた。

音は庭の方から聞こえたように感じた。

時刻は深夜2時半。

何か異変があったのではないかと思い、庭へ向かう鎌尾。妻もついて来ようとしたが、もし不審者が侵入していたら妻の身に危険が降りかかる可能性があるため、寝室にいるよう指示した。

 

パジャマ姿のまま1階へ下り、リビングの窓を開け、サンダルを履いて庭に出る鎌尾。

暗くてよく見えないが、特に異変はなさそうだ。

しかし、小さな公園くらいの広さがある庭なので、暗闇の中で全体を把握するのは難しい。

鎌尾は念のため、庭をぐるっと歩いて、変なところはないか確認することにした。

その数十秒後、変なところを発見することになる。

すべり台のすぐ横で、男が地面に座り込んでいた。

 

鎌尾「誰だお前っ!」

 

鎌尾の大声に驚き、立ち上がった男。

黒い短髪で、上半身は裸。黒の半ズボンとスニーカーを履いている。身長は180cmちょっと、年齢は20代といったところだろう。腕や胸、腹の筋肉が盛り上がっており、かなり鍛えていることが分かる。中肉中背の鎌尾と比較すると、かなりのフィジカルエリートだ。

鎌尾はこの若者の顔に見覚えがない。完全に赤の他人である。

 

若者「すみません!勝手に入るのはまずかったですよね……一言断りを入れるべきでした!」

 

鎌尾「断りを入れてきても、断ってたよ。誰がキミみたいな筋肉モリモリマッチョマンの変態を敷地内に入れるかね。とにかく何者なんだ?」

 

若者「ボクは、大学院生です!」

 

鎌尾「大学院生?ウソつけ!キミみたいに、夜中に上裸で人の家に入ってくるヤツが、大学院生なわけないだろ」

 

若者「ウソじゃないですよ!これを見てください!」

 

若者は尻ポケットから1枚のカードを取り出すと、鎌尾に見せつけた。それは学生証だった。

 

鎌尾「……確かに大学院……しかも、東大の院!?ウソだろ……?」

 

若者「本当です。去年東大を卒業しまして、そのまま院に進みました」

 

鎌尾「大学も東大か!バチバチのエリートじゃないか!そんなエリートがなんでウチに忍び込んだんだ?」

 

若者「去年まで、ボクは情熱を持って打ち込めるものを探していました。学生なのだから勉強すればいいと思うかもしれませんが、何ていうんでしょう、東大に入った段階で、勉強は極めてしまったように感じて、熱が入らなかったんです」

 

鎌尾「まぁそうかもね。東大入ったんだもんね。勉強を極めたと言っていいと思うよ」

 

若者「悶々とした日々を過ごす中で、迎えた昨年末。目的もなくテレビを見ていたら、とても熱心に1つのことに打ち込んでいる人の存在を知り、感銘を受けました。その人と同じように、熱意を持って挑戦したい!そう思ったんです!」

 

鎌尾「ああそうなの。で、その人って誰?」

 

若者「浜田 勝己(はまだ かつみ)さんです」

 

鎌尾「浜田 勝己!?ミスターMASUKE?」

 

若者「そうです!やっぱり有名なんだ!」

 

鎌尾「いろんな意味で有名だよ。えっ!?浜田 勝己さんに感銘受けたの?……そういえばキミの身なり、なんか浜田 勝己さんっぽいな」

 

若者「はい!意識してます!浜田 勝己さんって、50代になってもMASUKEをやってるじゃないですか?あんなに長い間、モチベーションを保てるのってすごいと思うんですよ!それだけMASUKEも魅力的なんでしょうね!だからボクも、浜田 勝己さんみたいにMASUKEに挑戦すれば、この悶々とした日常から抜け出せるんじゃないかと思って!」

 

鎌尾「はぁ〜、珍しいタイプの子がいたもんだ。20年くらい前の浜田 勝己さんになら影響されるのも分からなくもないけど……それはいいとして、浜田 勝己さんに憧れてることとウチに侵入したことに、何の関係があるの?」

 

若者「ボクはずっと、MASUKEの練習ができる場所を探していたんです。家の中、公園、スポーツジム……どこもしっくりきませんでした。でも諦めずに探していたら、お宅の庭にMASUKEの練習にピッタリな遊具を見つけまして!だから練習させてもらおうと思ったんです!」

 

鎌尾「それでウチに入ったの!?かなりヤバいやつだなぁ」

 

若者「お願いします!この庭を、MASUKEの練習に使わせてください!」

 

鎌尾「いやダメだよ。何処の馬の骨とも分からないヤツが、庭でMASUKEの練習しているなんて不気味すぎるよ。っていうか、何でMASUKEなの?他にもスポーツとか、芸術とか、打ち込めることなんて、いくらでもあるでしょ?」

 

若者「スポーツは高校でラグビーをやってまして、3年連続で全国優勝しました。中学の頃は美術部で水彩画に取りんでいて、個展を開いたことが2回あります。それからピアノで東京藝大に現役合格していたのですが、蹴りました」

 

鎌尾「ああ、すでに何もかも極めてるタイプか。いるんだよな、本当の天才って。どんなことでも少しやればできちゃう、ガチの天才。それがキミだぁ」

 

若者は右手で目頭を押さえた。

 

若者「だからボクには……MASUKEしかないんですよ……」

 

鎌尾「あるだろ。東大の大学院まで行って、運動も美術も音楽も極めてるヤツならいくらでも将来の道あるだろ。『MASUKEしかないんですよ』は、お前みたいに明るく照らされた人生を送ってるヤツが放つ言葉じゃないんだよ。もっと追い込まれてから使え」

 

若者「お願いします!必ずMASUKEを完全制覇して、お宅の庭で練習させてもらったことを発表して、テレビで放送してもらいますから!」

 

鎌尾「尚更ダメだよ。ここはウチの息子のために作った庭なんだから。将来、息子がMASUKEを完全制覇するために」

 

若者「……えっ!?」

 

鎌尾「だからぁ、ウチの息子をこの庭の遊具で鍛えて、MASUKEを完全制覇させるんだよ!そして、この庭をテレビ局に取材してもらうことを計画してるの!で、『MASUKEの英才教育を受けた男』っていう話題性で息子を筋肉タレントにして、家のローンとか、私と妻が借りた奨学金とか諸々完済する予定なの!」

 

若者「えぇっ!?」

 

鎌尾「もしお前にウチの庭を使われて、先にMASUKEを完全制覇されて、この庭の存在がテレビ局に知られたら計画は全て水の泡だ!しかもお前、才能ありずぎてMASUKEも余裕でクリアしそうなんだよ!浜田 勝己さんのお株を奪いそうなんだよ!だから怖いんだよ!」

 

若者「そんなぁ?!っていうか、通りでこの庭の遊具、MASUKEの練習にピッタリだと思いましたよ!例えば、このすべり台はもしかして……」

 

鎌尾「『反り立つ壁面』の練習用だよ。角度が90°超えてるだろ?これはすべるための台ではなく、登るための台だよ」

 

若者「やっぱり!じゃあこの、左右の鉄柱にフックがたくさんついていて、その間に物干し竿がぶら下がっている遊具は……」

 

鎌尾「『マグロラダー』の練習用だよ。物干し竿を両手で掴んで、腕力だけで上がっていく遊具だ」

 

若者「遊具の域超えてるでしょ!こんなハードなもので子供を鍛えようとしてたんですか?虐待ですよ!」

 

鎌尾「人の家庭事情に口を出すなぁ!お前みたいな才能に恵まれたヤツには分からんだろうよ!凡人ってのは、幼い頃から虐待じみた訓練を積んで、それでも満足のいく結果が出るかどうか分からない、限界の世界で生きてるんだよ!私もこの家を建てるために、血を吐くような努力をした……それでも、お前の輝かしい実績には遠く及ばないよ!いいか?私のような一般人や、その一般人から生まれた、何の才能も持たないであろう息子のような人間が、人生を逆転するためにMASUKEがあるんだ!」

 

若者「いや息子さんにもっと期待してくださいよ!お父さんでしょ!?」

 

鎌尾「お前は就職しろ!それか起業しろ!大丈夫だ!お前なら何をやっても成功する!だからMASUKEだけは、ウチの家族に譲ってくれ!……私には、MASUKEしかないんですよ……」

 

若者「響くぅ……心に響くぅ……この人こそが、浜田 勝己さんの名言『MASUKEしかないんですよ』を発するに相応しい人か……分かりました。ボク、MASUKEは諦めます。しばらくは大学院での研究を頑張って、就職しようと思います」

 

鎌尾「分かってくれたか……恩に着るよ……お礼というわけじゃないが、お前がウチに侵入した件については不問だ。警察には通報しない」

 

若者「ありがとうございます……息子さん、MASUKE完全制覇できるといいですね」

 

鎌尾「ああ。絶対に完全制覇させる。息子の名前は、『鎌尾 透(かまお とおる)』だ。そう遠くない未来、MASUKEに挑戦するから、覚えておいてくれ」

 

若者は左手でサムズアップし、鎌尾家の庭から出て、暗闇に消えていった。

 

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十数年が経過した。

 

あのときの若者は大学院を卒業後、民間企業で5年ほど勤務し独立。社員約300名を抱えるIT企業の社長になっていた。

私生活では、現役モデルと結婚。現在は3歳の娘と1歳の息子を合わせた4人で、都内のタワーマンションに暮らしている。

年末のある日。元若者は家族全員で、毎年の楽しみにしているMASUKEを、リビングにある150インチのテレビで、フッカフカのソファに座りながら見ていた。

 

実況のアナウンサー「さぁ、MASUKEファーストステージ続いてのチャレンジャーは……今回が初挑戦!MASUKE完全制覇のために、学校も就職も蹴ったキングオブニート!鎌尾 透19歳の挑戦だぁーーっ!実家のローン30年分と、両親の借金400万を背負い、MASUKEで人生逆転を狙うっ!緊張の第一歩を踏み出し、いざスタート!最初の『六段跳び』を……あーーっと!足を滑らせ落水!!クリアならずーーっ!開始10秒でリタイアだーーーっ!!」

 

元若者「いいか、子供たち。将来ああならないよう、今のうちから勉強とかスポーツとか芸術とか、何でもいいから頑張っておくんだぞ」

 

<完>