祖母の家から音無寺まで徒歩20分ほど。今日の昼に行ってきたばかりのため、道のりは頭に入っている。
深夜12時過ぎ。竜と翔平は祖父の部屋を抜け出し、忍足で廊下を歩いた。階下から聞こえていた両親たちの声は鎮まり、明かりも消えている。竜と翔平以外は、みんな既に夢の中のようだ。
竜は人差し指を口に当て、声を出さないよう翔平に合図を送ると、一歩ずつ階段を降りた。祖母の家は古いため、階段は軋みやすい。しかし子供である竜と翔平は体重が軽く、軋む音も小さかった。
玄関の扉を開けて、音を立てないように閉める。脱出成功。2人は街灯に照らされた夜道を歩き、音無寺へと向かった。
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寺の門は閉まっていて、正面からは入れそうにない。諦めかけた翔平だったが、竜は何としてでも肝試しがしたかったようだ。門から数メートル離れた位置にある壁に向かってジャンプし、瓦造の上部を両手で掴んだ。そして腕の力だけで体を持ち上げ、瓦に足をかけ、登って見せたのである。
竜は壁の下にいる翔平に手を伸ばす。翔平は周囲を見回し、誰もいないことを確認してから竜の手を取った。
寺の中は静まりかえっている。聞こえるのは鈴虫の鳴き声だけ。人が歩いている様子もない。
竜はポケットからスマホを取り出し、ライトをつけた。翔平は何も持ってきていないため、竜のスマホだけが頼りである。
竜を先頭に墓場へと向かう。墓場までは施錠された扉もなく、スムーズにたどり着けた。
「うわぁ……流石に怖ぇな……」
竜が小さくつぶやく。普段の竜は強気な兄貴肌で、翔平の前で弱音を漏らしたことは一度もない。しかし、夜の墓場を前にしてはそうもいかなかったのだろう。
それもそのはず。月明かりを微かに反射する墓石が不気味な気配を醸し出している。墓場の端は闇に覆われ、昼間来た時の何倍にも大きく感じた。大人でもこんな場所には長くいたくないと思うに違いない。
臆病な翔平は完全に縮《ちぢみ》が上がってしまい、竜の後ろに隠れ、シャツの端をしっかり掴んでいた。
「竜くん、やっぱり帰ろうよ……オバケ出たらどうするの?」
翔平が震えた声で投げかける。
「オバケとかいないから!じいちゃんに最後の挨拶だけして帰ろう!な?」
翔平の返事を待たず、竜は墓場の中を突き進む。一人で待っているのも怖かった翔平は、竜について行くしかなかった。
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墓場はまるで迷路だった。音無寺まではいろんな建物や看板を目印にして来れたが、墓場はそうもいかない。同じような墓石が並び、目印になりそうなものはない。自分たちがどこから来たのかすら、すぐにわからなくなった。
「翔平、ウチの墓の場所、覚えてるか?」
「ちゃんとはわからないけど……確か近くに『大鳳寺《たいほうじ》』さんって一家のお墓があったよ。珍しい名前だったから、お父さんに読み方を聞いたんだ。」
運動は得意で勉強はからっきしな竜。翔平はその真逆で、運動は苦手だが勉強は得意。特に暗記科目に長けていた。
墓場に入ってから15分は経っただろうか。2人は『大鳳寺』と書かれた墓を見つけた。翔平の記憶では、その墓から左に10個ほど墓石を過ぎると、大川家の墓がある。
大鳳寺の墓から向かって左に進む。5歩ほど歩くと、暗闇の中に人影が見えた。誰かが大川家の墓の前あたりでうずくまっているように見える。
先に発見した竜は足を止めて、翔平を背後に隠した。翔平は瞬時に異変に気づき、竜のシャツを強く握って目を閉じた。
ボリ……バリバリ……ボリボリボリ……バリ……バリ……
人影の方から何かを砕くような音が聞こえる。
「誰……ですか?ウチの墓に何か用ですか?」
竜が声を震わせながら、人影にスマホのライトを当てた。
男がうずくまっていた。男は顔を上げ、竜のライトの方を薄目で見た。年齢は60歳前後、やや痩せ型。口の周りは土だらけで、何かを噛んでいる。
竜は男に見覚えがあった。祖父の葬式を担当した坊さんだ。服装は違うが、顔が同じ。坊主頭を見てさらに確証が強まった。
最もバレてはいけない人に見つかってしまった。怒られることを覚悟した竜だが、坊主頭は何も言ってこない。細めていた目を大きく開き、何かを噛み続けている。
何とか言い訳をしてこの場を離れなければ。竜はそう感じた。これまで経験したことがないほどのスピードで頭が回る。
「すみませんオレ……ボク落とし物しちゃって!探しに来たんです!後ろにいるのはいとこで、付き添ってもらってて……」
男は目を開いたまま、竜の方をじっと見つめて何かを噛んでいる。
「勝手に入っちゃってすみませんでした!また明日来ます!それじゃあ……」
後退するよう、背後にいる翔平のお腹を手で軽く叩く竜。翔平は目を閉じているため、事情をよく飲み込めていない。竜に何故叩かれたのかも分からなかった。
男は噛むのをやめると、何かを飲み込んで口を開いた。
「ああ……君たち、大川さんのお孫さん……落とし物したの?明日までに私も探しておこう。」
場所と行動に目を瞑《つむ》れば、男の反応は普通だった。
「あ、ありがとうございます!じゃあまた明日来ますので……」
「君たちのおじいさん……なかなか美味しいね……どうだい?君たちも食べていかないか?ほら、おじいさんの……骨だよ。」
男が突き出した右手の平には、人骨と思しき白い破片が数個乗っていた。
竜は翔平の腕を掴むと、来た道を戻るように一目散に走った。