私の名前はジロギン。

HUNTER×HUNTERなどの漫画考察や、怪談・オカルト・都市伝説の考察、短編小説、裁判傍聴のレポートなどを書いている趣味ブログです!

【短編小説】超格安だけど尋常じゃない事故物件に入居するか迷う大学生

不動産屋「ここですね。どうぞ」

 

30代半ば、スーツに七三分け、銀縁の眼鏡をかけた不動産屋が、玄関の扉を開けた。

「メゾン・チラミセ」というアパートの202号室。1Rでセパレート式の風呂トイレ。東京23区内にあり、最寄駅から徒歩5分。スーパー・コンビニが徒歩1分圏内に数カ所あり、築年数は3年、鉄筋でペット可。かなりの優良物件が、家賃2,000円(管理費込み・敷金礼金なし)という破格の条件で入居者を募集していた。

 

たまたま不動産屋を訪れた男子大学生・二俣 伸太(ふたまた のびた)は、自分の運の良さに歓喜した。ちょうど引越しを考えていたエリアに、考えられないほど好条件の物件が、タイミング良く入居者を募集している。これは神が「この部屋に住みなさい」と言っているに違いない。二俣は、そう前向きに捉えた。

内覧せずに即決したいところだったが、これほど破格な条件の裏には、それなりの理由があるはず。

二俣は不動産屋からその理由を聞き、念のため内覧してから契約するか考えることにした。

 

202号室の玄関を入ると、右手に狭いキッチンがある。一人暮らしで自炊をほぼしない二俣としては十分。玄関から見て正面にトイレ(ウォシュレット付き)、その左横に風呂。そのさらに左隣に部屋へつながる扉がある。部屋は8畳のフローリングで壁は白。最新のエアコンが備え付けられている。文句のつけようがない物件だ。

 

不動産屋「どうですか?いい感じでしょう?」

 

二俣「マジいいっすね。これで家賃2,000円なんて、考えられないっす」

 

不動産屋「まぁ、その理由の一つがこちらなんですけど……」

 

不動産屋は部屋の北側にある窓を開け、ベランダに出た。二俣も不動産屋の後を追う。

ベランダに出ると、話に聞いていた通り、真下に墓地があった。

とても狭い敷地、学校の教室の半分くらいの土地を囲むように、墓石が6つ立っている。

近くに墓地がある物件は家賃が安くなりやすい。この部屋が格安なのも、真下の墓地が影響している。

ベランダから部屋の中に戻る二股と不動産屋。

 

不動産屋「景観はあまり良いとは言えないので、家賃もお安くなってるんですよ」

 

二俣「でも、ボクとしては全然気にならないっすね」

 

不動産屋「結構な音量でお坊さんの読経が聞こえてきたり、部屋まで線香の煙が登ってきたりすることもありますけど、大丈夫ですか?」

 

二俣「……まぁ我慢できますね」

 

二俣は現在大学3年生で、卒業して就職したら、別の地域で働くことになる可能性がある。それまでの約2年間を、家賃が格安の家で過ごせるのであれば、多少の不便は全く問題にならないと思っていた。

 

二俣が引越しを考えた理由は、ある厄介な友人が自分の家に居座っていたことだ。

同じ大学の同級生で、多尻(たじり)という男。二俣も多尻も、地方出身で一人暮らしを始めたため、大学のある東京には友人が少なかった。そんな2人は授業で隣の席になったのをきっかけに仲良くなり、多尻が二俣の家に通う形で、週のうち6日は一緒に過ごしていた。

しかし、多尻は半年前に傷害事件と強制わいせつ事件を起こし、逮捕された。被害者との示談が成立したことで不起訴処分になったものの、多尻は大学を退学に。

以来、荒れた生活を送るようになった多尻。噂では暴力団とも関係を持つようになり、薬物にも手を染めているらしい。

そんな多尻は、退学してからも頻繁に二俣の家を訪れていた。二俣としてはこれ以上関係を続けたくない相手である。けれど、多尻は何をするか分からない危うさを持った男。家に来ることを拒めば、命を狙われるかもしれない。

そこで、多尻から逃れるため、お金は厳しかったが、密かに引っ越すことにしたのだ。

 

多尻という厄介者に粘着されるくらいなら、墓地も読経も線香の煙も、大した問題ではない。

しかし「メゾン・チラミセ」202号室が格安なもう一つの理由が、二俣の引越しへの意欲を減退させていた。

 

二俣「かなりキレイな部屋ですけど、ここ、事故物件なんですよね?」

 

二俣は不動産屋から事前に、202号室が事故物件であることを聞かされていた。過去に入居者が何らかの理由で死を遂げた部屋なのだ。

事故物件であることも、家賃が安くなる要因になる。

リフォームされて、どこで入居者が死んだのかは分からなくなっているが、人が死んだという事実までは拭い去れない。事故物件に嫌悪感を覚える人は多い。二俣もその一人だ。

 

不動産屋「はい。過去に亡くなられた方がいます。21人

 

二俣「21!?ええっ!?21人も!?想像以上なんですけど!!」

 

不動産屋「死因別に分けると、自殺が13人、転倒・溺死などの事故死が4人、病死が2人、他殺が2人で、合計21人です」

 

21人が亡くなっているという話は、二俣の入居に対する意志をさらに大幅に削いだ。

 

二俣「21人って……ヤバ過ぎませんか?」

 

不動産屋「こんなに人が亡くなる出来事が立くと、家賃を下げずには新しい入居者を獲得できなくなりましてね。最初この部屋の家賃、月8万円だったんですよ」

 

二俣「マジすか……確実に呪われてますってこの部屋!」

 

不動産屋「ですよねー。偶然とは思えません。もし二俣さんがこの部屋を契約したら、22人目の死者になるかも?はははっ!」

 

二俣「笑い事じゃないでしょう!」

 

不動産屋「そうだなぁ……順当にいけば自殺、だけど大穴狙いで他殺に1万賭けます!」

 

二俣「人の命で賭け事するな!そういうのは超デカい財閥のトップみたいな権力者になってからやれ!一介の不動産屋がやるな!」

 

不動産屋「冗談はさておき。あまりにも不幸が立て続くので、私たちも何かした方が良いのではないかと思い、アパートの隣の空き地に墓地を作り、亡くなった方を弔うことにしました。まぁ何の効果もなかったんですけど」

 

二俣「あなたたちが作ったんですかあの墓地!?余計に家賃下げることになってると思うんですけど……あれ?だとしたら変だな?墓地に墓石、6つありましたよね?21人分にしては少ないし、なんか中途半端と言いますか……」

 

不動産屋「気付きましたか?墓石の数は、このアパートの部屋の数と同じなんですよ。1階が101号室から103号室。2階が201号室から203号室。これで6部屋です。それぞれの部屋で亡くなった方のお名前を、対応する墓石に刻んでいるんです」

 

二俣「ってことは……」

 

不動産屋「ええ。この202号室以外でも、平均で29人の死者が出ています」

 

二俣「おかしいでしょ!平均29人!?じゃあ202号室は平均以下ってことですか?」

 

不動産屋「そうですね。202号室は、比較的生存率の高い部屋です。過去の入居者も、全員が亡くなってるわけではありません。4人は無事に転居して行きました」

 

二俣「そうなんですか……」

 

不動産屋「ただ4人とも、『何ヵ月も頭痛が止まらない』とか、『いつも誰かいる気配がする』とか、『毎晩金縛りにあう』とか、『蛇口を捻ったら水と一緒に髪の毛が出てきた』とか、難癖つけて、2週間ほどで出て行っちゃいましたけどね」

 

二俣「絶対ダメな部屋じゃないですか!霊障起きてますって!」

 

不動産屋「では、やめますか?確かに入居したら、最悪死ぬと思いますが、墓地と事故物件であることと霊障にさえ目を瞑れば、最高の物件ですよ」

 

二俣「まぶたが8枚あっても貫通してきそうなくらい、目を瞑らなきゃらないことばかりですね……あー、でも迷うなぁ。正直、霊障って気のせいじゃないかと思うんですよね。事故物件だって自己暗示をかけてしまうから、変な現象が起きてると思い込んでしまうんじゃないかと」

 

不動産屋「自己暗示ですか……まぁ、事故物件であることは事実ですけどね。例えば、いま二俣さんが立っているあたりでは、3人が亡くなってます。フローリング剥がすと、血の跡がべっとりですよ!へへっ!」

 

二俣「怖いなぁ!入居させる気あるんですか?」

 

不動産屋「いやぁ、実はあまりやる気無いんですよねぇ。家賃が安すぎて管理してるうちの店には利益ほぼ無いですし、契約した方もすぐに死ぬか出てくかしちゃうので、退去時の違約金も取ってません。だから、契約が決まっても嬉しくないんですよ」

 

不動産屋はニヤニヤしながら後頭部をかく。

人が真剣に悩んでいるのに、なんて無責任な、と思った二俣。

死ぬかもしれない部屋……21人が死亡……霊障により2週間で退去した住人たち……でも家賃は2,000円で駅近……

さまざまな要素が、二俣の脳内を駆け巡り、頭の中の天秤が激しく左右に傾く。

瞬間、ある一つのアイデアが二俣の脳裏に浮かび、そのアイデアが決心に至らせた。

 

二俣「決めました。ボク、契約します」

 

ーーーーーーーーーー

 

「メゾン・チラミセ」202号室。

二俣が玄関の扉を開けると、共用部分の廊下に多尻が立っていた。

髪は金髪。上は長袖の黒、下は長ズボンの灰色のスウェットで、ビーチサンダルを履いている。見るからにニートだ。

 

多尻「二俣ちゃ〜ん久しぶり!ってかさ、引っ越したんならちゃんと連絡してよ〜。オレ、前の家に13回も行ったのに、インターホン連打しても全然出てこないから心配してたのよ」

 

二俣「いやゴメン。バタバタしてて、連絡できなくてさ」

 

二俣は多尻を部屋にあげる。

 

多尻「へぇ〜前より良い部屋じゃん!で、ここ2週間も使っていいの?」

 

二俣「ああ。今日から大学のゼミ友達と旅行で、2週間くらい部屋を空けるからさ。さすがに心配で。だから多尻っちにいてほしいなと思って」

 

多尻「自宅警備員ってやつだ〜。この多尻、誠心誠意、警備いたします!」

 

敬礼をする多尻。

 

二俣「心強いわ。じゃあ早速お願いしてもいい?風呂もトイレもキッチンも、自由に使っていいから」

 

二俣は着替えなどの荷物を詰めたキャリーバッグを玄関の外に出すと、部屋の鍵を多尻に渡した。

 

多尻「帰ってきたら、お礼になんかメシ奢ってくれよな」

 

二俣「ああ……生きてたらな……」

 

扉を閉めた二股。

二股が向かった先は、地方にある実家。旅行に行くというのは、二股が202号室を契約するに至った、あるアイデアを実践するためについたウソである。

 

ーーーーーーーーーー

 

2週間が経過し、アパートに戻ってきた二俣。

202号室のドアノブに手を掛け、扉を開ける。鍵はかかっていない。

二俣が部屋に入ると、風呂場から水の流れる音が聞こえた。

風呂場の扉を開けると、多尻が湯船の中で死んでいた。蛇口からは水が流れ、湯船に溜まった水が行き場を失い、止めどなく溢れ出ている。水は多尻の手首についた傷口から出た血で赤く滲んでいる。

 

二俣はスマートフォンを取り出し電話をかけた。

 

二俣「もしもし、不動産屋さんですか?この部屋、やっぱり解約します。呪われてますわ。あと、警察を呼んでくれますか?……救急車?いや、救急車は呼ばなくて大丈夫そうです」

 

<完>