私の名前はジロギン。

HUNTER×HUNTERなどの漫画考察や、怪談・オカルト・都市伝説の考察、短編小説、裁判傍聴のレポートなどを書いている趣味ブログです!

【怖い話】媚を売って、命を買う。

 

私の名前はジロギン。

 

私が今勤めている会社のどこが好きかというと、トイレが一番好きだ。特に個室が落ち着く。社内は業務、責任、重圧、監視などといった、給料をもらわなければ誰しもが避けたいと思うもので溢れている。そんな社内においてトイレだけが、そういった厄介なものたちから、わずかな時間ではあるが逃れられる憩いの場所となる。楽園とも言えるだろう。会社のトイレには個室が2つ並ぶようにして設置してある。私は大体向かって左側の個室を利用する。

 

ある日の午後、私はいつものようにトイレへと向かった。その時は、向かって右側の個室には誰か入っていたので、否応なしに左側の個室を使うことになった。まぁ両方空いていても左側を選んだとは思うが。

便座に座りしばしの休憩。事を済ませ、ズボンを履き、個室から出ようとした時、外から声が聞こえた。男性2人の声だ。それほど大きな会社ではないので、声だけ聞けば、声の主が誰だかわかる。同じ部署で働く私の同期のYくんとSくんだ。いつもよく2人で行動している姿を見かける。2人はかなり大きな声で話をしていた。

 

Y「そういえばさぁ、Kさん、減給されるらしいよ。やばくね?」

 

S「え?何で?何やらかしたの?」

 

Y「逆だよ。普段から何もしなさすぎて減給だよ。サボりすぎなんだよあのオヤジ」

 

S「ずっとニュースサイト見てるもんな。自分が50過ぎて、あんな感じになりたくねーって毎日思うわ」

 

Y「あいつが働かないからさ、うちの部署全体が上から目つけられちゃってるしよぉ」

 

S「ホントそれな。部長より年上だから、部長もKさんに強く言えないんだよな」

 

彼らが話すKさんという人物も私とYくん、Sくんと同じ部署の人だ。Kさんはすでに50歳を超え、入社してから30年ほど勤め続けているベテランの社員。役職に就いていない一般社員ではあるが、もともとはバリバリ働いていたそうだ。しかし、ご家庭の方でいろいろトラブルがあったらしく、ある時期を境に魂が抜けたかのうように仕事をしなくなってしまったそうだ。1日中パソコンで関係のないサイトを見たり、何十分も喫煙所に行ったまま戻って来なかったりする。私たち若手社員は「魂が抜けた後のKさん」しか知らないので、YくんやSくんのようにKさんを見下し、馬鹿にする者も多いのだ。

YくんとSくんの会話は続いた。私は個室の中で息を潜め、その会話を聞いていた。

 

f:id:g913:20170726220032j:plain

 

S「確かKさん、まだ小さい娘さんいるらしいじゃん。家族食わせていけんの?ただでさえうちの給料低いしさ。一家心中なんてことにならないよな?」

 

Y「仕方ねぇだろ働いてねぇんだし。まだクビにならねーだけマシだろ。っていうか、もし一家心中にでもなれば、会社としては得なんじゃね?厄介払いができてさ!」

 

S「ははは!おいおいそりゃダメだって!Kさんの前で絶対言うなよ!」

 

Y「言わねーよ!俺飲み会のたびにKさんの前で『マジ大先輩っす!尊敬してます!』って媚び売って、そういうキャラ作ってるから。でもその時もムカついたわ、あのハゲ。『そうかなぁ?』とか言って。んなわけねーだろうがよ!お世辞に決まってんだろ!」

 

S「あいつ、どの見地から言ってるんだろうな?そういうこと!ムカつくからさっさと会社辞めてくれねーかな?」

 

水の流れる音がした。YくんとSくんは手を洗っているようだ。洗面台はちょうど個室の目の前にある。2人の嘲笑がはっきりと個室の中まで聞こえた。

その時だった

 

バァァンッ!!!

 

隣の個室の扉が勢い良く開く音がした。そして、

 

ドスッ!ドスッ!ドスッ!ドスッ!ドスッ!ドスッ!

 

という何かを刺しているような鈍い音とともにYくんとSくんの悲鳴も聞こえた。

扉の向こうでは、間違いなくただ事ではない事態が発生している。今外に出てはダメだと私は恐怖に震えた。

鈍い音と2人の悲鳴が止んだ。扉の足元から真っ赤な血が流れるように入ってきた。息を殺し、声を挙げないように、私は流れる血に足がつかない個室の隅へと避難した。

その直後、どこからか視線を感じた。

 

「君は・・・私のことどう思ってる?」

 

個室の扉の上から、Kさんが私を覗いていた。Kさんの問いに何と答えるべきか一瞬迷った私だったが、すぐに返事を導き出せた。

 

ジロギン「行動力のある素晴らしい先輩だと思います」

 

K「・・・そうかなぁ?」

 

Kさんは顔を引っ込めた。そして革靴のカツ、カツ、カツという高い足音とともにトイレを去っていった。

私は媚を売ることで、Kさんから自分の命を買えたようだ。