私の名前はジロギン。

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「友達100人できるかな♪」って友達だと思ってるのこの歌の主人公だけ説

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私の名前はジロギン。

 

「一年生になったら」

という歌をご存知でしょうか?


一年生になったら

おそらく1回は歌った、あるいは耳にしたことがあるはずです。

小学校1年生になったら、あんなことやこんなことがしたいなぁという下心を吐露した歌ですね。

 

この歌の歌詞に

「友達100人できるかな?」

という部分があります

男女問わず100人の友達を作ってあんなことやこんなことがしたいという下心を歌に乗せて吐露ていくわけですが、この「友達を100人作る」という点に私は思うことがあるのです。

 

仮に友達を100人作れたとしても、

友達だと思ってるのはこの歌の主人公だけ

だと思うんですよ。

100人全員と友達になれるわけないです。

自分は友達だと思っているだけで、向こうは

「小学校の時同じクラスだっただけで、ほとんど話したことないよ。教科書忘れた時に貸してもらったことはあるけど」

くらいに思ってるはずです。

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友達ってね、明確な概念がないですからね。

契約書を取り交わすわけでもないし、お金を払って友達になってもらうわけでも・・・いや、私はお金多く払うかわりに大学時代の同級生とか後輩とかに一緒に飲んでもらったりしているけれども、友達って本来そういうものではないはずです。

友達だと「思う」か「思わない」かだから漠然としてますよね。

でも双方が友達と認めていないと友達とは言えない気がするのです。

友達関係をキープするにはお互いに気を使わなければならず、とっても難しいと思います。

 

 

そんな関係を100人の人間全員と保つために、満遍なく話したり連絡とったりするのなんて無理ですよ。

負担が大きすぎる。眠れません。

この歌の主人公(仮に「まさゆき」とする)、まさゆき自身も100人の人間を比較するうちに接しやすい5〜6人くらいとしかつるまなくなってくるはず。

どう考えても100人の人間と友達になれるとは思えません・・・

LINEでも100人以上友達になっていても、実際連絡取るのって親とか除いても5人くらいじゃないかな?そうだよね?私だけではないよね?

 

 

 

逆に考えると100人と接点持ち続けられるのは本当にすごい!

ゆえに100人の人間のスケジュールを全て合わせ、関係を取り持ち、富士山登頂というかなりハードルの高い遊びに参加させるなんて芸当を、小学校1年生になる子が出来るとは思えません・・・

私は25歳になった今でも間違いなくできないと自信を持って言えます。

 

もしできたとしたら、まさゆきはこのコネクション作り能力、コミュ力だけで生きていけるでしょうから、小学校を休んでも、先生がその能力の高さを見込んで「どんどん休んでいいよ」って言ってくれるでしょう。

先生だってできない芸当だし!100人まとめるって、2.5クラス分の子供達をまとめ上げることになりますからね!クラス40人をまとめるのに苦心している先生がたくさんいるっていうのに、まさゆきの野望は頭抜けすぎてますよ!

 

でも、まさゆきの「友達100人作成計画」はまだ脳内の計画で、実行されてないから、セーフです。友達ができない現実に直面してはいないです。

できればこの計画の難易度に大人たちが気がついて止めてあげてほしいです。

「いいか、まさゆき!時代が進むごとに人との関係は希薄になってくる。

友達がいなくて困っても、お金を払えばその道のプロが解決してくれたり、機械が解決してくれたりする。

こんな時代だからこそ、たった1人、『こいつになら殺されても文句ない』ってくらい信頼できる友達を1人見つけることに力を入れるんだぞ!」

って感じでね。

 

このままだとまさゆきは、結婚式で

「俺この会場に来ている倍は友達呼べる」

って言い始めてドン引きされちゃう人になっちゃうから、止めてあげてほしいです。

 

 

 

目標を高く掲げるって意味では、友達100人作るよって言うのは良いことだと思いますが、現実ってそう甘くないですよね。

 

あと、友達たくさんいるアピールって良いことなのかな・・・?

それってつまり、

「お前との関係性の中で都合の悪いことが起きたらいつでも鞍替えできる人間がたくさんいるからな」

ってことになるんじゃないのかな・・・?

 

友達が多ければ良いってもんじゃないかもしれないですね。

まさゆきにはいろいろ考えた上で、友達付き合いを頑張ってほしいです。