私の名前はジロギン。

HUNTER×HUNTERなどの漫画考察や、怪談・オカルト・都市伝説の考察、短編小説、裁判傍聴のレポートなどを書いている趣味ブログです!

【短編小説】「茶色の弾丸」と呼ばれるナンパ師

『3時間しか眠らない街』と呼ばれる、某繁華街。

栗崎 光輝(くりざき こうき)は、今日も夜のネオン街へと繰り出す。

栗崎は、街中で暇を持て余してそうな女性に声をかけ遊びに誘う、いわゆるナンパ師だ。

初めて女性に声をかけたのは、出産直後。保育器の中にいた栗崎は、近くにいた女性看護師に「遊んでくれ」と声をかけナンパした。

この時はまだ思ったように気持ちを伝えることができず失敗してしまったが、言葉を覚えて以来、栗崎のナンパに拍車がかかった。

26年間の人生で、声をかけた女性の数は延べ16万人。そのうち8600人と遊ぶことに成功している。

 

栗崎がよく行くナンパスポットでもその名は有名で、他のナンパ師からも一目置かれている。

誰よりもイチモツの赴くままに行動する栗崎。

「栗崎にイチモツがついているというより、イチモツに栗崎がついている」

ナンパ中の栗崎を見た者は、皆そのように評する。

どんな女性に対しても一心不乱にナンパを仕掛ける栗崎は「茶色の弾丸」という通りなで知られていた。

今宵も、栗崎の股間には茶色の弾丸が2発装填済みだ。

 

ーーーーーーーーーー

 

0:12

 

日付を跨いだこの時間帯以降、ナンパの成功率が高まることを栗崎は熟知している。

終電を逃し、どこかで時間を潰したいけれど自分一人だとできることも限られる。お金もあまり使いたくない。そんな女性が駅前に集まる。

ナンパ師にとって、そういう女性こそがターゲットなのだ。

 

栗崎「さぁ、ハンティングの始まりだぜ」

 

栗崎は首を左右に曲げて骨をポキポキと鳴らし、街を散策し始めた。

 

最寄り駅の改札前にある柱にもたれかかり、スマートフォンをいじる女性が栗崎の視界に入った。

髪はロングで明るい茶、黒いワンピースに高めのハイヒール。20代前半で細身。顔面は芸能人でいうと相武紗季さんに似ている。

栗崎好みの女性だ。

 

栗崎は秒速5mのスピードで女性に近づき、お得意のテクニックでナンパを始めた。

 

栗崎「おねぇさん大丈夫?もしかして終電無くした?」

 

女性「いや!人を待ってるだけです!」

 

栗崎「そうなの?彼氏待ち?」

 

女性「彼氏いません!ていうか、何なんですかここ!?さっきからアナタたいな人が声かけてくるんですけど!」

 

栗崎「いやほら、おねぇさんカワイイからさ!声かけない男の方が少ないって!」

 

女性「もう!私のことは放っておいて!話しかけないで!」

 

女性は右足で地団駄を踏み、怒りをあらわにする。といっても、お酒が入っているのだろう、その地団駄には冗談っぽさも垣間見える。本気で怒っているわけではない。多くの男に話しかけられることに優越感を覚えており、悪いとは思っていない様子だ。

 

百戦錬磨の栗崎の感覚が、女性の心理を読み取る。同時に栗崎は、このナンパの成功を確信した。

栗崎の問いかけに反応した時点で80%は成功したも同然。本当に興味のない女性は無視したり、何も言わずその場を去ったりする。反応したということは、ナンパしてきた男に何らかの興味が湧いているということだ。

そして会話さえできてしまえば、あとは栗崎の独壇場。過去16万人の女性に声をかけたことで磨かれた話術で、遊びに誘う。

マイナスの印象を抱かれてもいい。会話さえできれば、遊びに誘うきっかけなどいくらでも作れるのだ。

 

栗崎「ごめんって!そんなに怒らないでよ!お詫びに1杯奢るからさ!待ってる人が来るまでの、ほんの10分でいいから!」

 

女性「え〜〜でもなぁ〜〜〜別に奢ってもらうほど怒ってもないし〜〜」

 

栗崎「マジで10分だけ!暇潰しと思ってさ!それに、オレと飲んでもおねぇさんにデメリットなくね?タダで飲めるし、待ってるだけの時間も減るし!オレが楽しませるから!ね?いいでしょ?」

 

女性「確かになぁ〜〜まぁ、ちょっとならいいかなぁ〜〜でも本当に1杯だけねぇ〜〜〜それ以上はナシだからぁ!」

 

栗崎「もちろん!この栗崎、約束を破ったことはない!」

 

女性「お兄さん栗崎って名前なのぉ〜〜?普通ぅ〜〜!」

 

栗崎「いいじゃん別に普通の名前で!もしオレが『武者小路』だったらどうする?緊張しない?」

 

女性「確かにぃ〜〜〜ワロタ」

 

かなりノリの良い女性だ。

栗崎の経験上、酔っ払っているといえど、初対面の相手にここまで話してくれる女性は50人に1人いれば良い方。

ナンパをするときは、一晩で最低でも100人に声をかける覚悟をしている栗崎。いきなりこの手の女性に当たるとは思っても見なかった。

「今日は大当たりの日だ!もしおみくじを引いたら、大吉のさらに上、『絶頂』を引けるだろう」と、心の中で歓喜した。

 

女性「どこか良いお店知ってるぅ〜〜?アタシこの辺詳しくないからぁ〜〜でもホテルとか言わないでよ〜〜〜バーが良い!バー!ヴァー!」

 

栗崎「おいおい、オレをそこらの性魔獣どもと同列に見ないでくれよ。良い雰囲気のショットバーがあるんだ。落ち着いた感じで、お酒もうまいよ」

 

そういう栗崎だが、すでに茶色の弾丸はリロード済みである。

 

???「お嬢!お待たせしました!」

 

栗崎の背後から男性の声が聞こえる。

声がする方に目をやると、男性が15名ほど近づいてきていた。

しかも全員、明らかにカタギではない。腕に太い金色の時計をつけた男、右目の下から顎にかけて大きな傷のある男、スキンヘッドに髭面で、ピーコがかけているような薄茶色のサングラスをした男……

チンピラ、いやそんなレベルではない。ヤ●ザだ。ヤ●ザの集団だ。

 

女性「ちょっと早すぎるぅ〜〜!あと30分くらいかかるって言ってたじゃん!」

 

ヤ●ザA「すいやせん!お嬢が終電を無くしたって聞いたオヤジさんが心配なさってて!特急で迎えに上がりました!」

 

女性「でも多すぎでしょ!何人で来てんのよぉ〜〜!ゾロゾロゾロゾロ連れて来やがってさぁ、これロッキーの撮影じゃないのよぉ〜〜」

 

ヤ●ザB「組の若ぇ衆もお嬢のことが心配でついて来ちまったんです。ほら、最近は何かと物騒っすから」

 

女性「アンタたちがその物騒な世の中にしてる張本人なんだよなぁ〜〜」

 

ヤ●ザC「ヒャッヒャッヒャッ!違ぇねぇ!でもお嬢、オレたちにチャカを使わせるようなヤツの方が悪いって思いません?ヒャッヒャッヒャッ!」

 

栗崎は戦慄した。

どうやら飛んでもない女性をナンパしてしまったようだ。

男たちとの会話から分かったのは、女性はヤ●ザの組長の親類、おそらく娘ということ。

そしてこのヤ●ザたちは、終電を無くした組長の娘を迎えにきたのだ。

 

厄介なことになる前にこの場を去ろう。

そう考えていた栗崎の両肩がズンッと重くなる。

ヤ●ザの1人が、栗崎の両肩に腕を回し、肩を組むような体勢をとっていた。

男はスーツの懐からドスを取り出し、栗崎の首筋に刃を当て、口を開く。

 

ヤ●ザD「お嬢、コイツ誰です?お嬢の知り合いっすか?」

 

女性「いや知らない人ぉ〜〜今さっき話しかけられた。飲みに行こうって」

 

ヤ●ザE「テメェ……まさかお嬢をナンパしてたんじゃねぇだろうな?」

 

栗崎の背中を、冷たい汗が伝う。

 

栗崎「い、いえボクは……その……この方が1人でいたので心配になって……」

 

ヤ●ザF「ホラぶっこいてんじゃねぇぞこのスカタンがっ!お嬢に手ぇ出そうとしてたんだろ?」

 

ヤ●ザG「許せねぇな……お嬢に近づきたいなら、まずオレらを通してもらわねぇと」

 

ヤ●ザH「オレたちぁ、お嬢のことを生まれたときから知ってんだ。血のつながりはねぇが、親子だと思ってる。だからお前みてぇなナンパ野郎にお嬢を渡すわけにはいかねぇんだよ」

 

ヤ●ザI「そうだそうだ!」

 

ヤ●ザJ「イてもうたれ!」

 

ヤ●ザK「こいつの」

 

ヤ●ザL「腹に穴あけて」

 

ヤ●ザM「胃酸にアルカリ性の液体混ぜて」

 

ヤ●ザN「中和してやりましょうよ」

 

ヤ●ザO「!!!」

 

栗崎「Oまでいるのは多すぎるって……話の進行上、こんなに人数いらなかったって……」

 

ヤ●ザA「何ボヤいてやがんだテメェ!まさか唇の動きで仲間に信号を送ってんじゃねぇだろうなぁ?」

 

栗崎「一巡した!!……いえ、仲間なんていませんし……本当にすみませんでした!何もせずもう帰りますので、見逃してください!お願いします!」

 

ヤ●ザB「お嬢に手ぇ出そうとしたヤツをみすみす逃すなんて、オレらのメンツに関わる……親父が知ったら、オレら全員の小指が飛ぶぜ」

 

ヤ●ザC「ならこのまま帰すわけにはいかねぇなぁ!ヒャッヒャッヒャッ!」

 

ヤ●ザN「あの〜〜兄貴たち!オレ、コイツのこと知ってます!コイツ、ここら辺じゃ名の通ったナンパ師っすよ!」

 

ヤ●ザD「やっぱナンパ目的じゃねーかぁ!どう落とし前つけてくれんだコラァ!」

 

女性「ほどほどにしときなぁ〜〜カタギの人だろうしぃ〜〜〜」

 

栗崎は人生で最大級の後悔をした。

これまでナンパ師として有名になった自分を誇らしく感じていたが、その知れ渡った名前が、ヤ●ザの組長の娘をナンパしようとした事実を白日の下に晒したも同然だ。

 

ヤ●ザN「コイツ、通り名みたいなのがありましたよ……確か……そう、『茶色の弾丸』!『茶色の弾丸』だ!」

 

ヤ●ザO「なんだそりゃ?!汚らしい!」

 

ヤ●ザA「『茶色の弾丸』……ふっ、弾丸ねぇ……そうだ。兄ちゃん、ちょっとツラ貸せや」

 

ーーーーーーーーーー

 

同日深夜、某繁華街の路上で暴力団組員が射殺される事件が起きた。

駆けつけた警察官に現行犯逮捕された容疑者の名前は、栗崎 光輝。

 

あの後、ヤ●ザに拉致された栗崎は実弾の入った拳銃を渡され、敵対組織の組員を銃撃するよう指示・脅迫された。

ヤ●ザたちは自分の組と無関係の人間を使うことで、組同士の抗争に発展することなく敵対組織を攻撃できる絶好の機会を得たのである。

「茶色の弾丸」と呼ばれた栗崎は、鉄砲玉として利用され、文字通り「弾丸」になってしまったのだ。

 

裁判で栗崎は「脅されて仕方なくやった」と供述しているが、証拠は一切見つかっていない。

 

<完>