私の名前はジロギン。

HUNTER×HUNTERなどの漫画考察や、怪談・オカルト・都市伝説の考察、短編小説、裁判傍聴のレポートなどを書いている趣味ブログです!

【短編小説】元傭兵の緑のおばさん

マサル「あー、しまった……」

 

大きな交差点の歩行者用信号が赤に変わる。黒いランドセルを背負った下校中の小学3年生・マサルは、交差点の手前で足を止めた。

この交差点はマサルの通う小学校で「沼」と呼ばれており、歩行者用の信号は赤に変わると軽く20分は青にならない。青になったと思ったら、30秒と経たずまた赤に変わってしまう。交通量が多いため、自動車優先の仕組みになっているのだろう。

早く家に帰りたかったマサルは、車が来ていないことを確認すると、赤信号の交差点を渡ろうとした。

マサルの視界の左側から、「横断中」とプリントされた黄色い旗がヌッと現れ、行く手を阻んだ。

 

マサル「気配が一切ない……相変わらずの技術だね、ジョーさん」

 

ジョー「赤信号を渡るなんてバカな真似はよせ。次に見る赤は、貴様自身の血の色だ」

 

マサルの左隣には、筋肉モリモリマッチョマンの変態とでも呼ぶべき、身長190cmはあろう屈強そうな大男が立っていた。緑色のゼッケンが、分厚い胸筋で張り裂けそうだ。

男の名前はジョー宗則(むねのり)。傭兵として幾多の戦争に参加した後、さまざまな土地を放浪。今は学童擁護員、いわゆる緑のおばさんとして働いている。

 

マサル「いいじゃん!この交差点いつまで経っても渡れないんだもん!見逃してよ!」

 

ジョー「そうやってルールを違反し、交通事故に遭った者は数知れない。ここは特に危険な場所なんだ。緑のおばさんであるこのオレの指示に従ってもらおう」

 

マサル「前から気になってたんだけど、ジョーさんって何で自分のこと緑の『おばさん』っていうの?おじさんじゃん」

 

ジョー「緑のおばさんというのは、オレ個人を指し示す呼称ではない。学童擁護員という路上で児童の安全を守る人々のことを分かりやすく言い換えた呼称だ。つまり学童擁護員という集合体の呼び名が緑のおばさんであり、その集合体に属するオレは、生物学的に性別が男だろうが女だろうが緑のおばさんと呼ばれるべきなんだ」

 

マサル「ちょっと何言ってるか分からないや。自分で聞いといてゴメンね」

 

ジョー「一方、性別を考慮してオレを『緑のおじさん』と呼ぶのも適切ではない。おじさんなんて呼ばれる年齢ではないからな」

 

マサル「そうなの?ジョーさんって何歳?」

 

ジョー「44歳」

 

マサル「妥当だよ。おじさんと呼ばれるのが妥当な年齢」

 

ジョー「信号待ちしている間、ヒマだろう?どうだ、『車クイズ』でもやらないか?」

 

マサル「車クイズ?」

 

ジョー「交差点を通る車がどんな仕事で使われているか当てるんだ。たとえば、あの赤い車は何か分かるか?」

 

マサル「当然知ってるよ。消防車でしょ。火事を消す消防士さんが乗る車」

 

ジョー「その通り。同じ要領で、オレが指定した車について答えろ」

 

マサル「ポ⚫︎チンを触りながらでもできる、くだらないクイズだなぁ〜。まぁいいや。やるよ」

 

ジョー「次は……あの白と黒の車は何だ?」

 

マサル「パトカー!よく知ってるよ!ボクのお父さん、警察官だからね!」

 

ジョー「オヤジが警察!?おい坊主、ここでオレが緑のおばさんとして働いていることは、オヤジさんに絶対に言うなよ」

 

マサル「やましい過去があるんだこの人!お父さん帰ってきたら絶対チクろ!」

 

ジョー「では……あの白い車は何だ?」

 

マサル「あれは、救急車だね!」

 

ジョー「正解。これは余談だが、オレが戦地で上官に教わった、生きるために大切な教訓をお前に伝えておく。『敵を救急車に乗せるような、中途半端な仕留め方をするな。乗せるなら、あの車に乗せろ』」

 

ジョーが指差す先には、一部金色の装飾をした黒い車が走っている。

 

マサル「あっ、あの車も見たことがある!けど、何の車なんだろう?分からないなぁ」

 

ジョー「霊柩車。死んだ人間を運ぶ車だ」

 

マサル「へぇー……だとしたら何てこと教えてんだこのジジイ!ボクただの小学生なんだけど!?」

 

ジョー「かつてオレがいた紛争地域では、キミくらいの年の子が、AK-47を握っていた……」

 

直後、マサルは何者かに背中を押され、地面にヒザをついた。

ビジネスパーソン風の男が電話をしながら走り抜け、マサルを後ろから突き飛ばしたのだ。

男はマサルを無視して、そのまま信号が赤の交差点を渡る。

 

ジョー「大丈夫か!?ヒザを擦りむいてるな……衛生兵ーっ!衛生兵すぐに来てくれーっ!」

 

マサル「いないよこんなところに!」

 

ジョー「待ってろ!あの男を捕まえて拷問し、謝罪させてやる!オレは拷問のプロフェッショナル、略して『問ちゃん』と呼ばれた男」

 

マサル「でも、まだ信号が赤だよ!危ないから赤のときは渡るなって、ジョーさん言ってたじゃないか!」

 

ジョー「仲間のためならどんな危険地帯にも乗り込む。たとえ掟や規則を無視する行為だとしても……それがオレだ!」

 

ジョーは男の後を追いかけるように駆け出す。

ブッブーッ!と大きなクラクションを鳴らしながら、大型トラックが交差点に突っ込んできた。

 

マサル「ダンプカーだ!主に土砂などを運ぶトラック!」

 

ジョー「Exactly!(その通り!)」

 

ジョーは男の背後からタックルをかまし、2人は地面に倒れた。

ダンプカーは2人を跳ね飛ばし、急ブレーキをかけて止まった。

 

マサル「ジョーさん!!!」

 

宙を舞うジョーと男は、交差点の中央に、人形のように力なく着地した。

2人とも手足がありえない方向に曲がり、道路には血の水溜りが広がる。

 

ジョー「ジョーさん……ボクのために……アンタこそ一流の緑のおばさんだ。で、こんなときは、何の車を呼べばいいんだったかなぁ……アンタに教えてもらった車」

 

2人はピクリとも動かない。

 

マサル「救急車、否。死んだ人間を運ぶ車は霊柩車。そうだったよな?ジョーさん」

 

<完>