尾奈良 邦一(おなら ほういち)は、ついに憧れの住まいを見つけた。
東京都内のマンション。築年数はやや経っているが、部屋は一人暮らしをするのに十分な広さ。20階建てで、タワーマンションのような佇まいだ。初の一人暮らしにあたって、物件をいくつも見て回ったが、その中でもずば抜けておしゃれな外観。
尾奈良が何より気に入っているのは立地だ。最寄り駅まで徒歩5〜6分。尾奈良の職場までドアトゥドアで20分以内。この上ない好条件である。
引っ越し初日。コンビニで買ってきたジャンプが入ったビニール袋を片手に下げ、尾奈良はマンションの1階でエレベーターの到着を待っていた。
赤茶色の扉が開くと、エレベーター床にヒジをついて寝そべっている、上半身裸で白いブリーフを履いた小太りなおじさんが目に入った。頭髪は両サイドを残してハゲ上がり、残った髪も80%は白髪。おじさんといっても、おじいさんの領域に入り込んでいるおじさんだ。
おじさんは床に雑誌を広げ、笑みを浮かべながら読んでいる。
尾奈良「えっ!?」
尾奈良の声に反応し、驚嘆の表情を浮かべるおじさん。
おじさん「えっ!?な、なんですか!?」
尾奈良「なんですかじゃないですよ!あなたこそなんですか!?」
おじさん「いや、ジャンプ読んでるんですけど……」
尾奈良「なんでジャンプ読んでるんですか!?邪魔でしょ!」
おじさん「邪魔とはなんだ!ここは私の部屋だぞ!」
尾奈良「はぁ!?勝手なこと言わないでくださいよ!迷惑でしょうが!」
おじさん「お前こそ迷惑だろ!人の休日を邪魔して!」
尾奈良「なんだこのジジイ!あーもう最悪!せっかく最高の新居を見つけたのに、変なおじさんが住み着いてるなんて……」
おじさん「変なとはなんだ!こちとら漫画を読み続けて50年、あらゆる作品に精通したマンガ通よぉっ!」
久保田「そんなことどうでもいいんですよ!……まぁボクも漫画好きですけど、ちなみに何の作品が好きなんですか?」
男「ワンピース」
久保田「王道だなぁ!歴50年のマンガ通っていうくらいだから、僕が生まれるより前の超マイナーな作品を挙げるかと思ったら、王道中の王道じゃねーか期待させやがって!」
おじさん「いろんな作品を読んだ中で、改めてワンピースが一番だって思ってんだよ!世界一売れてるマンガはやっぱり一番おもしれーんだよぉ!」
尾奈良「とにかくねぇ、アンタ迷惑なんだよっ!まず謝罪してください!現在進行形で迷惑をかけてるボクに謝罪してくださいよぉ!」
おじさん「いるわーこういうやつ!しょうもない因縁つけて謝罪させようとするやつ!謝罪なんか言葉だけで何の足しにもならないのに!上っ面だけの愉悦感しか得られないのに謝罪させようとするやつ!上辺だけの謝罪で満足する程度の、醤油皿くらい浅い人間!」
尾奈良「警察呼びますよ!警察!」
おじさん「ま、待て待て待て待て!その切り札は出したらダメだろう……警察は、セロリと並んでオレがこの世で一番恐れてるものなんだから……分かった、出ていく。警察呼ばれちゃかなわんわ」
おじさんは立ち上がり、ブリーフ一丁で脇にジャンプを抱えたまま、エレベーターの中からトボトボと出て来た。
おじさんと入れ替わるようにエレベーターに乗り込む尾奈良。ティンという機械音が鳴り、エレベーターの扉が閉まる。
尾奈良「……ようやくいなくなったか。あんなのがいたら、生活に支障が出る」
尾奈良はエレベーターの中で横になり、床にジャンプを広げた。
<完>