私の名前はジロギン。

HUNTER×HUNTERなどの漫画考察や、怪談・オカルト・都市伝説の考察、短編小説、裁判傍聴のレポートなどを書いている趣味ブログです!

【ナルト】「シカマルとチョウジの出会い」が超泣けて、朝から涙腺崩壊・・・

 

今回はNARUTOの考察、というより「NARUTOぼこのシーンがめちゃくちゃ良いんだ!」っていうシーンについて紹介しようと思います。今さら紹介するようなこともない有名なシーンなんですけどね。

今回紹介するシーンを始めて読んだのが、確か私が小学校高学年くらいの年でしたので、もう12〜13年前のことになります!年取ったなぁ・・・

このシーンを読んだ日、学校に行く前の朝にジャンプで読んだんですけど、感動して号泣してしまって、その日学校休んだんですよね笑

私のこれまでの人生、創作物でここまで泣いたことはありません。それはどんなシーンかというと・・・

シカマルとチョウジの過去

の話です。もう記事にするだけでも泣けてくるくらいい話なんですよこれが・・・

途中泣いてしまって書ききれるかどうか不安ですが、でも頑張って書きます。とその前に一応、

 

 

奈良シカマルとは?

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(引用:NARUTO 21巻53P/岸本斉史)

木の葉隠れの「奈良一族」の男性です。主人公・ナルトと忍者学校(アカデミー)を同期で卒業した忍でもあります。初登場時は地味な見た目でめんどくさがり、文句ばっかり言っているやさぐれ男のような感じでしたが、実はIQ200以上の超切れ者で、作戦を立てさせたら右に出るものはいないほど優秀な忍びでした。ナルトたちが初めて受けた中忍試験では、サスケやネジ、我愛羅といった期待の新人たちを尻目に、シカマルだけが中忍になりました。

九尾が封印されていたナルトは里の嫌われ者として幼少期を過ごしましたが、シカマルや後述のチョウジなどはよく遊んでいたようで、シカマル自身ナルトを気にかける描写が多々あり、文句を言いながらも、そんな優しさも持っています。

チョウジとは忍になってから一緒のチームとしてやってきましたが、面識はアカデミーに入学する前からあったようです。シカマルとチョウジ、彼らの出会いはシカマルの優しさ爆発で本当に泣けるのです。

 

 

秋道チョウジとは?

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(引用:NARUTO 21巻138P/岸本斉史)

木の葉隠れ「秋道一族」の男性です。シカマルと同様にナルトの同期です。体型は自称・ぽっちゃりしており、「デブ」と言われると激怒します。シカマルとは第10班として一緒に任務に就いていました。チョウジ自身は頭を使って戦うのは苦手そうですが、その分をシカマルの頭脳がカバーし、逆に肉弾戦などを苦手とするシカマルの代わりに、チョウジが体を張って戦うという持ちつ持たれつな関係があります。

幼い頃に知り合ったシカマルとの関係は青年になってからも根強く生きており、チョウジもシカマルも互いのことを深く信頼しています。

チョウジもナルトとは遊んでいた仲でしたが、ナルトからは馬鹿にされまくってました。ナルト自身悪口を言われたり、孤独を味わったり、辛い思いをしてきたっていうのに、ひどすぎるってばよ・・・

 

 

では私が学校を休むほど号泣した彼らの出会いのシーンについて紹介していきます。

 

 

シカマルとチョウジの出会い

 

コミックス21巻、NARUTO第1部のサスケ奪還編にて。

里を抜けたサスケを追うシカマルをリーダーとした小隊は、「音の四人衆」に苦戦を強いられます。チームメンバーだったチョウジは四人衆の一人「次郎坊」と戦闘になります。

チョウジは自らが最初の敵・次郎坊の足止め役を買って出ることで、シカマル、ナルト、キバ、ネジの4人を逃がしました。その理由はチョウジは優しい性格が故に自分に自信がなく、「仲間の中で自分が一番弱いから最初に犠牲になる」という覚悟で、少しでも仲間の役に立ちたいがためでした。チョウジを小馬鹿にしていたナルト、キバ、あたりも同じように考えていたようです。

 

そんなチョウジに対して次郎坊は「お前のようなクズはいつも馬鹿にされてこういう時も真っ先に捨て駒にされる」と侮蔑のような言葉を浴びせます。実のところ次郎坊の言葉に思い当たる節のあるチョウジは傷つきながらも、その中でシカマルのことを思い出します。

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(引用:NARUTO 21巻180P/岸本斉史)

シカマルはただ一人、チョウジが陰ながら強くなる努力をしていることも知っていましたし、ずっとチョウジのそばで一緒に戦い続けてことから「チョウジは次郎坊を倒し、必ず自分達を追ってきてくれる」と信じていました。みんなに馬鹿にされていたチョウジを支えてくれていたのは他でもなくシカマルの存在でした。

 

激しい戦いが続く中、チョウジはシカマルと初めて出会ったときのことを思い出します。

 

まだアカデミーに入学する前のある日のこと。

シカマルとチョウジはお互いに名前は知らなかったものの、近所の子供達と共に「忍者ごっこ」という二手に分かれて行う遊びに参加していました。しかしその中のリーダー格の子がチョウジに「お前はデブで鈍感だから、入ったチームは負けてしまう。」という理由を突きつけて仲間外れにしようとしました。

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(引用:NARUTO 21巻200P/岸本斉史)

そこでシカマルが一言

「人数が同じじゃないとゲームにならない。将棋だって同じ数の駒があるから面白いんだ」

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(引用:NARUTO 21巻200P/岸本斉史)

と言い放ちますが、リーダー格の子は「使えない駒なんて最初からないのと同じ」と子供とは思えぬ妙に辛辣なことを言い、チョウジはその場を後にしてしまいます。

 

とある建物の屋上で、チョウジは仲間外れにされてしまったことを父・チョウザに相談していました。その時チョウザは

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(引用:NARUTO 21巻201P/岸本斉史)

「でもお前は誰よりも優しい奴だ。いつかお前のそういうところを見てくれる友達がきっと現れる。そしてらお前はその友達を何よりも大切にして信じ合える仲間になればいい。」

とチョウジに言い聞かせました。

 

そこへシカマルがやってくるのです。

チョウジはシカマルに

「忍者ごっこは?」

と尋ねると、ここでシカマルが言うのです、

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(引用:NARUTO 21巻202P/岸本斉史)

「めんどくせーから抜けてきた」

 と。これです。もうこのシーンで大泣きしてしまったのです。涙ボロボロ鼻水ダラダラでしたよ!シカマル優しすぎだろって。

シカマルがチョウジの元に戻ってきたのは偶然だったとは思いますが、もしかしたらチョウザの言う通り、シカマルはチョウジの優しさを見抜いていて、他の連中と忍者ごっこをするより、チョウジを優先した方が今後いい関係が作れると考えたのかもしれません。

ちょっと打算的かもしれませんが、こういうマイノリティを尊重できるシカマルに感動すると同時にめちゃくちゃ憧れました。

 

普通に感動するシーンではあるんですけど、当時小学生だった自分の環境とこのシーンが相まって、私にとってはより涙腺崩壊なシーンに変わっていきました。

 

 

 

いじめ問題と力なき自分

やはりどの学校でもあるいじめ問題。私の通っていた小学校でも少なからずありました。私がいじめられていたというわけではなかったのですが、クラスに仲間外れにされてしまうような子たちがいたのです。高学年になるまでに、何人かそういう子たちと同じクラスになりました。

当時の私は、今以上に人間関係にドライな子供でして、クラスメイトの誰かに依存することもないし、だからといって誰かを極端に嫌うということもない、多分周りからしたらとっつきにくい少年でした。私は勉強がそこそこできたのでいじめられることもなかったのですが、クラスでは「ジロギンは誰とも仲良くはないけど、誰とでもそれなりに接してくれる」みたいな、いまいち微妙な立ち位置にいました。だからいじめや仲間外れに加担することもなかったですし、一方で積極的にいじめられっ子たちを守るということもしていませんでした。

それでも、そんな私を拠り所として、いじめられっ子たちはやってきました。私が思っていた以上に辛かったんだと思います。私は彼らに特別何かをしてあげるとかはなかったのですが、普通に友達として遊んだりゲームをしたりしていました。当時私にできたことといえばこれくらいでしたが、中にはいじめに耐え切れず転校してしまう子も何人かいたのです。

 

そんなことを経験していた当時、シカマルの行動を見たときに「自分がいじめられたり仲間外れにされてしまった子たちのことをもっと真剣に考えて接してあげられれば、彼らも転校なんてせずに済んだのではないか?」と思い返してしまいました。後悔というか、何もできなかった自分の力のなさに対する悔しさが、異常なまでに湧き上がってきてしまったのです。

しかも、当時のシカマルの年齢が12〜13歳でちょうど当時の私と同い年だったこともあり、より影響を受けてしまったんですよね。そして大号泣というわけなのでした・・・別に学校に行きたくなかったわけではないのですよ。

 

 

だいぶ昔の話だっていうのに、未だにこのシーンを読むと・・・というか思い出すだけで涙が出てきてしまうのです。

NARUTOの第1部は、なんていうんでしょう、ナルトなど作中の子供たちの悩みや生活は現実の少年少女の生活にリンクしている部分があり、カカシ先生などの作中の大人たちの生活は、現実の社会で働くこととリンクしている部分がありました。つまり読者がめちゃくちゃ共感してしまいそうな描写が盛りだくさんだったんですよね。だから私もNARUTO好きで、どハマりしてましたし、号泣してしまったのです。

未だに私は人間関係に対してドライな人間ではありますが、何もできなかった力なき小学生時代より、少しは守れるものが増えてきたような気がします。シカマルとチョウジの出会いのシーンを読んでいなかったらこんなことを思いもしない、冷たい人生になっていたかも。

 

ダメだ・・・今ももうすごい泣いちゃってる。なんでだろう、もうこれジジイになってもこのシーンで泣いちゃうだろうな。もうね、私の涙腺をつかんで離さない!シカマルもチョウジも大好きダァァー!

 

朝っぱらから号泣だよぉ・・・体は大きくなっても心は変わらないのかな?あの日の、シカマルとチョウジの出会いのシーンを読んだ、小学校に行く前の朝のように泣いている私・・・

だから、今日会社休んでもいいかな?