私の名前はジロギン。

HUNTER×HUNTERなどの漫画考察や、怪談・オカルト・都市伝説の考察、短編小説、裁判傍聴のレポートなどを書いている趣味ブログです!

【短編小説】重たそうな荷物を持つおばあちゃん

男の名は錦川 浩一(にしきがわ こういち)。

21歳、フリーター。

身長181cm、体重83kgのフィジカルエリートだ。

 

今日は牛丼屋のアルバイトが休みで、1日中自由に時間を使える。

しかし、錦川は休みがあまり好きではない。

働いていないと、自分が誰かの役に立っている実感を得られないからだ。

 

錦川は4歳の頃、父親から「他人の役に立つ人になれ」と言われたことが今でも印象に残っている。

いや、その言葉くらいしか父親の印象が無いといった方が正しい。

錦川が4歳になって3カ月後に両親は離婚。

錦川は母親に引き取られ、以来父とは会っていないのだ。

 

何が離婚の原因だったかは聞いていない。

しかし錦川は父に対して悪い印象は抱いていなかった。

今でも良い父親だと思っている。

さすがに母親によりを戻せとも言えないし、今の自分は成人して自立している。親にお世話になる年齢でもない。

だからせめて、おぼろげな記憶の中にある父の残した言葉だけでも守り続け、父とのつながりになればと思い、今まで生きてきた。

 

小学生の頃は、水泳の時間に水着を忘れた同級生に、自分の水着を貸してあげた。

中学生の頃は、友人が好意を抱いている女の子に代理で告白し、代わりに振られてあげた。

高校生の頃は、受験のプレッシャーで眠れないという同級生の鳩尾を殴って寝かしつけた。

社会人になってからは牛丼屋で働いている時間に他人の役に立っている実感を得られる。特に好きなのは、牛丼の小盛を注文した客にサービスで特盛を提供するときだ。

 

全ては父の言葉通り。

他人の役に立つ人になる。

そうやって生きてきた錦川は、困っている人を見ると放っておけない性格になってしまった。

 

仕事が休みの日でも誰かの役に立つため、困っている人はいないかと街の中を歩き回る錦川。

仕事がない日はやることを自分で見つけなければならないので、少し面倒だ。

 

だが世の中は広い。

必ずどこかに救いの手を求める人がいる。

 

今まさに錦川の目の前に、小型のキャリーバッグを持ちながら息を切らして横断歩道の階段を登っているおばあちゃんがいる。

見て見ぬ振りができようか、いやできまい。

錦川はおばあちゃんに声をかけた。

 

錦川「おばあちゃん大丈夫?荷物持とうか?」

 

おばあちゃん「はぁん?なんじゃい若造!タメ口で話しかけんな!何歳差だと思っとんじゃ!半世紀は離れとるやろ!」

 

だいぶ喧嘩腰なおばあちゃんだ。

口も悪い。

だが接客業をしている錦川にとって、この程度の罵詈雑言、赤子の泣き声に等しい。

世の中は広い。もっと汚い言葉で罵ってくる人はたくさんいる。錦川が働く牛丼屋でも悪態をつく客がよくやって来る。

おばあちゃんの狼藉に対し、錦川は全く怯まなかった。

 

錦川「ごめんなさいね。おばあさん、お荷物重そうなので持ちましょうか?」

 

おばあちゃん「あぁん?舐められたもんだよこの私が!アマチュア将棋3段のこの私がぁ!」

 

錦川「いや将棋の段位と荷物を持つパワーは関係ないですよ」

 

おばあちゃん「4段になればこの程度の荷物余裕じゃ……余裕だったんじゃぁ……」

 

錦川「いや何段でも無理なものは無理だと思いますけどね」

 

強がりを言うおばあちゃんだが、額からは大量の汗を流し、足取りはどんどん重くなっている。

 

錦川「とにかくボクに任せてください!この横断歩道だけ!横断歩道を渡るまで手伝いますから!」

 

おばあちゃん「……そう?そこまで言うなら持たせてやろう……さっきまで病院に行っててなぁ……」

 

錦川「そうなんですか?お体大丈夫です?」

 

おばあちゃん「要らぬ心配だ、シャバ僧が……」

 

キャリーバッグを錦川に渡すおばあちゃん。

錦川が受け取ると、両腕にズシンッと重さを感じた。

まるで重力が強くなったかのようだ。

錦川が想像していた以上におばあちゃんの荷物が重い。

おばあちゃんのパワーや体力が低いから重いというわけではない。

体力充分な20代、フィジカルエリートの錦川ですら重く感じる。

 

錦川「重たっ!棺桶に片足突っ込んだばあさんが持つ重さじゃないよこれ!何が入ってるんです?!ボディビルダーのトレーニンググッズ?!砲丸投げの球?!」

 

おばあちゃん「赤ちゃん」

 

錦川「はぁ?」

 

おばあちゃん「病院で獲ってきた赤ちゃん。そういえば、さっきまで元気に泣いてたんだけど、聞こえなくなったなぁ」

 

<完>