私の名前はジロギン。

HUNTER×HUNTERなどの漫画考察や、怪談・オカルト・都市伝説の考察、短編小説、ウォーキング(散歩)の記録などを書いている趣味ブログです!

【短編小説】怪談師とマジレス師

裏島 琴音(うらしま ことね)は、どこにでもいる、茶髪ショートボブの会社員。年齢は26歳。

自宅と会社を往復する毎日で、単調な生活を送っているように思われがちな琴音。だが、彼女には少し変わった趣味がある。毎日、最低3時間ほど怪談を聞くことだ。

 

最近は、動画投稿サイト『XRadios』で、怪談の朗読動画をアップする人が増えてきた。彼らは「怪談師」と呼ばれ、舞台でリアル怪談イベントを行なっている人もいる。

琴音は、推し怪談師の動画を見ることはもちろん、ライブに行くことも趣味にしているのだ。

特に推しているのが「卒塔婆トシヲ(そとばとしを)」という怪談師。

卒塔婆トシヲは、金髪でヤンチャそうな兄ちゃんといった風貌なのだが、その口からボソボソと静かに溢れ出てくる怪談は、臨場感があり、まるでホラー映画の世界に投げ込まれたような感覚にさせられる。若手の実力派怪談師として、ファンが急増中だ。

しかも卒塔婆トシヲの怪談は全て、自身、あるいは卒塔婆トシヲの身近な人が体験した「実話」というのだから恐ろしい。

 

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この日、卒塔婆トシヲの怪談ライブにやってきた琴音。

琴音は卒塔婆トシヲのライブに過去34回ほど足を運んでいるが、高揚感は初回から何も変わらない。

100人くらいが入れる会場で、客席は満員。琴音は最前列から5列目の、中ほどの席に座った。首が痛くならず、リラックしてステージ上を見られる、一番人気の席を取ることができた。

 

ライブ開始時間になると同時に、照明が消えて会場が暗闇に包まれる。

キャッという女性の小さな悲鳴が聞こえたが、怪談ライブに慣れている琴音にとって暗闇は、居心地の良いカフェ同然。この程度の闇で怖がるヤツは、最後まで保たないから帰れ、という怒りがわいてくるほどの、暗所ベテラン。全く動じない。

 

暗闇になり30秒くらい経った頃。ステージの中央に、上から青白い光が差した。光の中には卒塔婆トシヲが、床に足が付かない、少し高めの椅子に腰かけている。卒塔婆トシヲの目の前には、マイクスタンドが置かれている。

会場から「おおおっ!」と歓喜の声が上がった。

そして卒塔婆トシヲの右隣には、上下灰色っぽいスウェットを着た女性が立っている。

年齢は琴音と同じくらい。髪の長い痩せ型の女性だ。

 

琴音は気づいた。これは卒塔婆トシヲの、新しい怪談の企画だと。

卒塔婆トシヲが人気を集めている理由の一つに、従来の怪談とは一線を画する、斬新な企画がある。

ただ怖い話をするのではなく、もう一捻り加えるのが、卒塔婆トシヲの常套手段。

以前は、ペットの猛犬チワワをステージに連れてきたり、靴下以外全裸だったりしたこともあった。

隣の女性は、卒塔婆トシヲが考えた、何らかの企画のためのギミックなのだろう。

 

卒塔婆トシヲはマイクに口を近づけ、語り始めた。

 

卒塔婆トシヲ「これは、ボクの弟が通っている、服飾の専門学校の同級生の、お兄ちゃんが体験した話です」

 

女性「どんだけ離れた人間関係やねん!そんなヤツと知り合う機会ないやろ!」

 

卒塔婆トシヲに女性が、まるで漫才のように関西弁でツッコミを入れた。

 

卒塔婆トシヲ「彼の名前は……そうですね……Tくんとしましょう」

 

女性「なんでTやねん!PとかDとか似たような発音のアルファベットが多くて聞き取りにくいやろ!無難にAを採用せぇや!Aくんにせぇ!」

 

女性の大声が、琴音の鼓膜を激しく揺らす。彼女の声量は、マイクを使っている卒塔婆トシヲの3倍くらいある。

 

卒塔婆トシヲ「Tくんは地元の大阪から上京し、ワンルームのボロアパートで暮らしていました。玄関を開けると、目の前に3〜4mほどの真っ直ぐな廊下があり、廊下の左側の壁に沿うように、長い台所が設置されている。廊下の右側には風呂場とトイレ。セパレートタイプでした。廊下の先にリビングがあり、広さは6畳。部屋の左奥に押し入れが設置されている。まさに上京したての学生が住むアパートのイメージそのもののような部屋だったんです」

 

女性「そんな詳しく説明せんでええわ!不動産屋か!はよ本題入れ!」

 

琴音は察した。今回の卒塔婆トシヲの怪談は、こういう形式なのだと。

卒塔婆トシヲの怪談に、女性がマジレスしていく形式。

確かに、怪談を聞いていると「ここのパートいらなくないか?」とか、「話が矛盾していないか?」とか、マジレスしたくなるときはある。

特に琴音のように、怪談を聞くのが日常なっている耳の肥えた視聴者ほど、違和感に気づきやすい。

このような「ツッコミどころ」に目を瞑りながら聴くのが怪談なのだ。が、あえてツッコミ役を配置するという今回の卒塔婆トシヲの企画は、怪談を聴く上でのマナーを破壊しているといえるだろう。過去に見たことがない、怪談の新しい形だ。

 

卒塔婆トシヲ「6畳といっても床は畳ではなくフローリングで、壁の色は薄い茶色がかかった白。トイレはウォシュレットなし。風呂場の浴槽は大人が一人入るのが限界なくらい小さなものでした」

 

女性「もうええっちゅうねん!どうしても説明したけりゃ間取り図もってこい!」

 

卒塔婆トシヲ「ある日の夜。電気を消した暗い部屋の中、Tくんが床に敷いた布団の上で寝ていると、金縛りにあったそうです。金縛りは初めての経験だったTくん。寒気や耳鳴りがし、今までにない恐怖心が込み上げてきました。怖さのあまりパッと目を開くと、Tくんは体の左側を下にして寝ていたのですが、目の前に女性の顔があったそうなんです」

 

女性「……おお、ええやん。怖なってきたなぁ。そう、こういう話が聞きたいねん!」

 

卒塔婆トシヲ「若い女性で、肌は真っ白。血走った目を大きく開き、青い唇を真一文字に閉じていました。時間にして十数秒、不気味な女性と見つめ合ったTくん。目を背けたいけれど、体は動かない、まぶたも閉じられない。Tくんの意識は、女性に乗っ取られたかのようでした」

 

女性「ええやん!ええやん!評判通り、臨場感あるなぁお前!」

 

卒塔婆トシヲの企画の趣旨は理解できたが、マジレス女性が若干ウザくなってきた琴音。いいところなのだから、黙っていてほしい。

 

卒塔婆トシヲ「そして女性は、固く結んでいた唇をゆっくり開きました。すると口の中から、ゴボゴボゴボゴボと、大量の水が流れ出てきたのです。水は止まることを知らず、滝のように溢れ出てきます。そしてTくんの部屋中に広がり、だんだんと水位を上げていく。このままでは溺死してしまうが、指一本動かせないTくん。水がTくんの顔を半分くらいまで覆った」

 

女性「怖いなぁ!お前ちょっと加減せぇよ!夢に出そうやんか!」

 

卒塔婆トシヲ「死を覚悟した直後、体が動くようになったTくん。バッと上半身を起こすと、すでに夜は明け、部屋の窓からは朝日が差し込んでいました。部屋に広がっていた水も消えています。夢か……と一安心しました」

 

女性「……おい頼むぞ、夢オチは勘弁せぇよ……落ち目のタレントが話すような、しょうもない怖い夢やら金縛りやらの話なんて、誰も期待してへんねん……夢だの金縛りだのの話は、怪談ではなくただの生理的な現象やねん……客は金払って来とんやから、夢オチだけはやめてくれよ……」

 

女性の意見に琴音も共感し、静かに首を縦に振った。

 

卒塔婆トシヲ「安心したのも束の間、枕元に置いていたTくんのスマートフォンの着信音が鳴り響く。非通知の着信。突然の音に驚いたTくんでしたが、電話に出てみることにしました。すると、ぼちゃぼちゃぼちゃぼちゃと、耳にあてたスマートフォンから水が流れてきたのです。そして『やめてぇぇぇぇぇぇぇぇっ!』と、水中で叫んでいるような女性の声が聞こえてきました」

 

女性「んなわけあるかぁ!なんで霊が電話番号知っとんねん!それにスマホに放水機能なんて無いわ!さっきまでの臨場感どこ行ってん!話盛っとるやろ!あかんわお前!このやらかしは客離れの要因になるぞ!」

 

琴音は「まぁ確かに」と思った。

 

卒塔婆トシヲ「急いで電話を切ったTくん。同時に電話から流れ出る水も止まりました。そしてTくんは思ったそうです。『殺した彼女が化けて出てきた』と。実はTくん、1日前に、半同棲状態だった彼女から別れ話を切り出され、怒りのあまり水を張った湯船に彼女の顔を押し付けて、溺死させていたのでした」

 

女性「ええぇ……」

 

マジレス女性が顔を引きつらせる。

 

卒塔婆トシヲ「Tくんは彼女の死体を山の中に埋め、現在も死体は見つかっていません。Tくんも警察に捕まることなく、今でも普通に生活しているそうです」

 

女性「Tくんってお前やないかい!もうええわ!」

 

卒塔婆トシヲ「どうもありがとうございました」

 

卒塔婆トシヲを照らしていた照明が消え、会場は拍手に包まれた。

 

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ライブは無事終了。

会場を出たホールで、卒塔婆トシヲの握手会が開催されるとのことで、琴音は参加者の列に並んだ。

怪談がとても怖かったこと、マジレス師を同伴させた斬新さが良かったこと、そしてある1つの疑問を、自分の口から卒塔婆トシヲに伝えたかったのである。

 

列が進み、琴音の順番がやってきた。

 

琴音「お疲れ様でした!怪談、めっちゃ怖かったです!」

 

卒塔婆トシヲ「どうも!ありがとうございます!あれ?前にも来てくれてましたよね!?」

 

琴音「はい!でも卒塔婆トシヲさんの怪談って毎回新鮮で、何回来ても飽きません!今回の、隣にマジレス師さんを置いてその場でツッコミをさせるのも、新しくて超面白かったです!」

 

卒塔婆トシヲ「あはははっ!マジレス師ってなんですか?!」

 

琴音「マジレスしてたじゃないですか〜!隣の女の人〜!……あっ、あと質問なんですけど、マジレス師さんが最後に言ってた『Tくんってお前やないかい!』ってどういうことですか?」

 

卒塔婆トシヲ「えっ……?えっと……いや……別に……といいますか……何というか……」

 

突然、歯切れが悪くなった卒塔婆トシヲ。

琴音は卒塔婆トシヲと、以前にもイベントで話したことがあったが、そのときは終始ハキハキと喋っていた。

結局、質問の答えを得られないまま、琴音が卒塔婆トシヲと話せる時間は終了してしまった。

 

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2週間後、卒塔婆トシヲこと両金 敏夫(りょうがね としお)は、3年前に交際していた女性を殺害し、死体を山中に遺棄した容疑で逮捕された。

琴音が、自身に強い霊感があると気付くのは、もう少し先のことである。

 

<完>