遊具が一つもない小さな公園。
その中心に、一人の男が腕を組み、仁王立ちしている。
男の名前は下之口 門司(しものくち もんじ)。年齢は34歳、独身。筋肉質でガッチリした体と、ソフトモヒカンが特徴。
普段この公園は小学生がたむろしているが、彼らは昼間、学校に通っているので、平日の日中は閑散としている。
下之口の「ある目的」を果たすために、今、この時間は絶好のタイミングだ。
10分ほど経ち、公園にもう一人の男がやって来た。
中性的な顔立ちで、腰あたりまで伸びた髪を縛り、ポニーテールにしている男。名前は胸元 大喜(きょうもと だいき)。下之口と同じ34歳、独身。
2人の出会いは、幼稚園の頃にさかのぼる。小学校・中学校・高校も同じ学校で、社会人になった今でも付き合いがある、大親友だ。
下之口「逃げずに来たようだな。約束の時間を10分過ぎても来ないから、怖気付いたのかと思ったぜ」
胸元「30年来の親友相手に、今さら何を恐れることがある?遅刻したのは、単純に電車が遅延したからさ」
下之口「いつもなら酒を酌み交わして、くだらない話をするところだが、今日は余計なお喋りは無しだ。オレたちの、決別の日になるんだからな」
胸元「そうだな。これ以上会話すると、ボクも殺りづらくなる」
2人は眉間にシワを寄せ、険しい顔つきになった。
まるで、お互いに狙いを定めた、ハブとマングースだ。
公園が殺気に満ち溢れ、地面を突いていたハトの群れが、一斉に飛び立つ。
下之口「一対一、真正面からの決闘だ。生き残った方が、春香(はるか)ちゃんに告白する」
胸元「まさか、親友と同じ女性を好きになり、その子をかけて本気の殺し合いをするなんて、思ってもみなかったよ」
下之口と胸元は、春香という女性に好意を寄せている。
3年前のある夜、居酒屋で飲んでいた2人。同じ店に偶然居合わせた春香という女性に、2人の心は奪われた。
彼女の見せる笑顔、仕草、言葉遣い、スタイル。全てが理想通り。似た境遇で育った下之口と胸元は、好みの異性に関しても近い価値観を持っていたのかもしれない。
その夜以来、3人が顔を合わせるたびに、春香の何気ない振る舞いが下之口と胸元を虜にしていった。
同じ環境で生活してきたが故に親友になった2人が、一人の女性を取り合うことになるというのは、なんとも皮肉な運命である。
下之口「決闘の条件はただ一つ。『家にある最強の武器で戦うこと』。しっかり持ってきたよな?」
胸元「もちろんだ。親友であるキミの命を奪うのに相応しい得物を持ってきたよ」
下之口「今のうちに吠えておけ。お前の命も、春香ちゃんも、オレに奪われることになるんだからな」
下之口は肩から斜めにかけるようにして背負っていた筒から、銀色の金属バットを取り出した。
下之口「オレは3歳から野球を続け、今でも週末は草野球をするくらいの野球好き。春香ちゃんと野球、どちらが好きかと言われたら迷うくらいだ。そんなオレの武器といったら、この金属バット。最も使いやすく、最も愛着のある金棒……いや、文字通り相棒だ。コイツで、お前の頭をスイカみたいに叩き割ってやる!」
胸元「そうだろうと思ったよ、親友の考えていることは、手に取るように分かってしまうものだな……」
胸元の右手には、紫色の布で包まれた棒状のものが握られている。
胸元が布を解く。その中身は、日本刀だった。
胸元「『家にあるもの』の『家』には、実家も含まれるよな?ボクの実家は居合道場。当然、真剣が置いてある。こいつは大業物、名は『陰伸二玉(かげのびにぎょく)』。ウチの道場で一番の名刀だ」
下之口「ふんっ。つまり本気ってことだな。うれしいぜ」
胸元「キミはこれから、この名刀の錆になるんだ。光栄に思いなよ」
下之口は金属バットを、胸元は日本刀を強く握りしめ、真正面から切り結んだ。
決闘は約7分にも及んだ。
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同日、午後16時。
都内某所のアパート
美島 春香(みしま はるか)は、アルバイト先である居酒屋へ出勤する前に、身だしなみを整えていた。
全身鏡の前で、長い髪に櫛を通す。
その途中、インターホンが鳴った。
ネットで注文していた腹筋ローラーが届いたのかもしれないと、春香は玄関に向かい、扉を開けた。
玄関前には、下之口が立っていた。
下之口「は、春香ちゃん……よかった……家にいたんだね……」
下之口は全身が泥と血に塗れ、数十に及ぶ裂傷を負い、左腕が肘のあたりから切断されている。左肘の傷口を布で縛っているが、きちんと閉まっていない蛇口から水が流れるように、血がぼたぼたと垂れている。
春香「うわぁっ!えっ!?その怪我……」
下之口「いいんだ……はぁ……気にしないで……春香ちゃん……聞いてくれ……はぁ……はぁ……オレはキミのことを……愛している……だから……つ、付き合ってほしい……もちろん……結婚を前提に……」
下之口は胸元との決闘に勝利し、春香へ思いの丈を伝えた。
春香「……というか、どなたですか?」
下之口「え?……いや、オレだよ……キミが働く居酒屋で会った……」
春香「もしかして、お客さんですか?でも、常連さんじゃないですよね……?」
下之口「確かに……キミからしたらオレは、何百何千といる客の一人だろう……店には、3年間で4回しか行ってないから、印象に残っていなくても仕方ない……でも店に行ったあの日以来……オレはずっと心の底からキミを愛し……見守ってきた……」
春香「あの日っていつだよ!…………あっ!お前かぁ!毎晩毎晩、私のことつけ回してるストーカー野郎はっ!」
下之口「ストーカー……?いや違う……オレは……帰りが夜遅くなるキミを心配して……キミの背後20mでボディーガードをしていたんだ……そして朝になるまで……キミの家の周りを見張って、怪しいヤツが近寄らないよう……警戒していた」
春香「ああ、お前だわ。ストーカー。何回警察に相談したと思ってんだよ!怪しいヤツに尾行されて、家の周りを何時間もぐるぐる周ってるって!でも被害は出てないから警察は取り合ってくれなくて、めちゃくちゃ悩んでたんだよ!」
下之口「そんな……オレは良かれと思って……」
春香「あとこれもお前か?毎日、私のスマホに電話してきたの!この電話番号、お前のだろっ?」
春香は、スマホの着信履歴画面を下之口に見せつけた。
1日150回ほどのペースで、同じ電話番号から着信が入っていた。
下之口「違う……けど、その電話番号……オレの親友、胸元のだ……だが安心して……アイツは、もうこの世にいないから……」
春香「お前みたいなヤツがもう一人いたのかよ!キモすぎる!改めて警察に通報させてもらいます!……いや、その出血量から見て、何もしなければお前たぶん死ぬな。警察に捕まって監獄にぶち込まれても、出所してまたストーカーされたら、たまったもんじゃない。そのまま死んでくれた方が都合いいや」
下之口「えっ……」
春香「あと2時間経ったら、警察に電話してやるよ。お前が完全にくたばったのを確認してからな」
春香は力強く扉を閉めた。
下之口の意識はどんどん薄れ、親友と同じ場所へ旅立っていった。
<完>