私の名前はジロギン。

HUNTER×HUNTERなどの漫画考察や、怪談・オカルト・都市伝説の考察、短編小説、裁判傍聴のレポートなどを書いている趣味ブログです!

【短編小説】常識はずれの集合時間を提示する友人

金曜日、夜9時。

 

自室のベッドで仰向けになっていた水木 翔(みずき しょう)は、思い立ったようにスマートフォンで電話をかけた。

 

相手は鎌谷 礼司(かまたに れいじ)。

大学時代の同級生で、同じ陸上部のメンバーだった。

2人は短距離走の選手で、チームメイトでありながらライバル。スプリンターとしての成績は水木の方が優れていたが、鎌谷はライバルの勝利を心から喜んでくれる気のいいヤツだった。

 

学生の頃はよく遊んだ2人。

しかし大学を卒業して、社会人としてそれぞれの道を進んでからは疎遠になっていた。

その期間は3年程度だが、毎日のように遊んでいた相手と会わない3年というのは長く感じる。

鎌谷は今何をしているのか、もし都合が良ければ会えないかと思い、水木は電話をかけたのである。

 

とはいえ今は金曜の夜。いわゆる華金の時間だ。

鎌谷は仕事の付き合いで飲み会の真っ最中かもしれない。

もし今、電話に出なければ会うのは諦めようと水木は考えていた。

 

鎌谷「もしもし水木?どうした?久しぶりじゃんか」

 

学生時代と変わらない鎌谷の懐かしい声が聞こえた。

純粋で元気いっぱいな青年という当時の鎌谷の雰囲気が、今でも声だけで伝わってくる。

 

水木「久しぶりだなぁ……ごめんな急に電話して。今話せる?」

 

鎌谷「全然大丈夫。というかめっちゃ暇だわ」

 

水木「マジ?良かったぁ。いや、鎌谷何してんのかなってふと気になったのよ。大学卒業してから3年も会ってないからさ」

 

鎌谷「ああそうか、もう3年か。なんか大学の頃と時間の体感速度が全然違うよな。大学で3年過ごしたらようやく学生生活も終盤って感じだけど、社会人になってからはあっという間だわ。誰かが時間の流れるスピードを早めてるとしか思えん」

 

水木「分かるわ。オレも気がついたら3年経ってたもん。3年ってハムスターなら生まれてから死ぬまでくらいの時間だからな。恐ろしいもんだぜホント」

 

鎌谷「だよなぁ……え、お前何してんの?卒業してどっかの会社就職したよな?」

 

水木「そう。今もその会社で働いてる。鎌谷も就職したよな?」

 

鎌谷「まぁな。でもまぁなんというか、生きるのって大変だなって実感するわ。学生の頃は何も感じなかったけど、お金稼いで生活するって大変なんだな。オレらの親とか、よく何十年もこんな生活やってるなって感服するわ」

 

水木「マジでそれな!……いや、突然で悪いんだけどさ、会わねぇ?せっかくなら会ってさ、最近のこと話そうや」

 

鎌谷「ええやん!会おうぜ!オレも水木の顔見たかったから」

 

水木「よっしゃ!じゃあ……ホント悪いんだけど、明日っていける?無理なら全然良いんだけど、マジでオレ明日暇でさぁ」

 

鎌谷「全然OK!」

 

水木「マジ?よかったぁ!なんかこうやってスムーズに予定合うのも巡り合わせかもな。見えない糸で結ばれてるだろオレら」

 

鎌谷「何言ってんだ気持ち悪りぃなぁ」

 

水木「時間どうする?オレは何時からでも大丈夫だわ。突然連絡しちゃったから、時間はお前に合わせるよ」

 

鎌谷「そうだなぁ……じゃあ5時で」

 

水木「OK!夕方だし、どっかで飲む?」

 

鎌谷「はぁ?5時って朝の5時に決まってるだろ?」

 

水木「はぁ?」

 

鎌谷「当たり前だろ!社会人なんだから、夕方の5時なら17時って言うわ!5時って言ったら朝の5時だろうが!」

 

水木「いや朝の5時って……早すぎね?あと8時間後じゃん」

 

鎌谷「お前が何時からでも大丈夫って言ったんじゃねーかよ!だから5時で決定な!実はオレ、最近始めた、なんていうか、習慣みたいなのがあってさ。それを毎週末、朝からやってんのよ。せっかくならお前と一緒にやりたいなと思ってさ。ほら、何事も長続きするためには仲間が必要じゃん?」

 

水木「え?習慣?朝5時からやること?仕事絡みのことか?」

 

鎌谷「いや、そんなかしこまったもんじゃない。オレが個人的にやってること」

 

水木「えっ?マジでなに?釣りか?釣りって朝早くからやるよな?」

 

鎌谷「違う。釣りでもない。うちらの大学の最寄駅に集合して、その近くで全然できること。海とか山とか行かなくていい」

 

水木「なんだろ……教えろや!」

 

鎌谷「いやお楽しみにしたいんだよ。なんかこう……せっかく会うならサプライズがあった方が楽しみが何倍にも膨らむだろ?」

 

水木「そうかねぇ?」

 

鎌谷「一緒にやるっていっても、気負いしなくて全然いい!マジで簡単なことだから!もちろんお前でもできる……あっ、1つだけ、動きやすい服とスニーカーで来た方がいいかもな」

 

水木「いやマジで分からん……あっあれか?早朝ジョギングだろ?もしかしてお前、まだ陸上部のトレーニングやってんのか?」

 

鎌谷「んなわけねーだろ!もう大会にも出てねーんだからやらねーよ!ジョギングも違う!けど、走るってのは近いな。走る場合もある」

 

水木「違うのかぁ、何だろ気になるわ」

 

鎌谷「まぁ当日話すわ。じゃあ明日5時に。遅刻すんなよー」

 

水木「OK!もう今から寝るわ」

 

水木は通話を切った。

 

ーーーーーーーーーー

 

翌朝5時。

 

空気はヒンヤリとしていて、空はまだ薄暗い。

電車で大学の最寄駅に来た水木。

改札を出てすぐのところに鎌谷の姿があった。

 

鎌谷「よぉ!遅れず来たかぁ!てか、お前全然変わってねーな」

 

水木「変わってねーし、お前も同じだからな!それにオレが遅刻したことなんてあったか?オレの方がお前より足速かったし、スピードなら誰にも負けねぇわ!」

 

鎌谷「とか言って、今日はオレの方が早く着いてたじゃねぇか」

 

水木「社会人になって体が衰えたんだよ。……で、お前が言ってた習慣ってのやるか?こんな朝早くじゃ店もコンビニくらいしかやってねーし、他にやることねーからな」

 

鎌谷「そうだな。じゃあ始めるか」

 

水木「何するんだよ?いい加減に教えろや」

 

鎌谷「昨日の夜って華金だろ?だから飲んでるサラリーマンとかいっぱいいるじゃん」

 

水木「まぁな」

 

鎌谷「で、翌日の朝早くになると飲みまくって帰れなくなったリーマンとかが街で寝転んでんのよ。そんなヤツ見つけて、金もらう。それだけ」

 

水木「はぁ?」

 

鎌谷「正確に言うと、酔っ払って寝てるオッサンとかに声かけて、その謝礼として金をもらっていくわけだ」

 

水木「はぁ?お前……それ窃盗じゃねーか!何やってんだよ!」

 

鎌谷「何って……人助けじゃんか。声かけてあげるだけでもさ。多くの人が道端で寝てる酔っ払いを見ても素通りするぜ。でもオレは気にかけてあげて、声をかけてあげるわけだ。そのお礼に金をもらうのは当然だろ」

 

水木「お前いつもこんなことやってんのか?」

 

鎌谷「ここ1年くらい毎週末やってるな。仕事ってほどでもないし、趣味ともいえないから、習慣って呼んでるけど」

 

水木「いや……意味わからん!どんな理屈並べても窃盗だろ!お前こんなこと、会社にバレたらクビどころか刑務所行きだぞ!」

 

鎌谷「いや心配すんな。会社にバレるというか、元々会社の同僚相手にやっててクビになったから街でやってんのよ。もうクビの心配はないんだって」

 

水木「お前……マジやばいわ!頭おかしい!オレを巻き込むなこんなことに!」

 

水木は鎌谷に背を向けて歩き出した。

こんな犯罪者と一緒にいたら自分まで共犯扱いされかねない。

見た目や声などは変わらない鎌谷だが、人間性は大きく変わってしまったようだ。

 

鎌谷「おいどこ行くんだよ!……まさか警察じゃねーよな?」

 

水木「警察に決まってるだろ!お前を警察に突き出して改心させるのが友であるオレの役目だ!」

 

鎌谷「いや違うだろぉ!友なら目を瞑って一緒に手伝うべきだぁ!」

 

水木「ウルセェ!お前の言う友は友じゃねぇ!」

 

鎌谷「……はぁ……そうか……お前なら理解してもらえると思ったけど、ダメか。警察に行かれると困るんだよな。続けられなくなる」

 

水木の後を追いかける鎌谷。

 

水木「お前こっち来んな!オレに近づくな!」

 

前を向いて一目散に走り出す水木。

後ろから走る足音が聞こえてくる。

鎌谷も水木を追いかけて走り出したのだ。

 

スピードを上げる水木。

学生時代、水木は鎌谷よりも足が速かった。

ブランクはあるが、それは鎌谷も同じ。

追いつかれない自信があった。

 

水木はトップスピードに達したが、鎌谷の足音はどんどん近づいてくる。

引き離そうとしても、影のように近くにいる感覚だ。

 

水木「はぁ…はぁ…そうか!鎌谷の野郎!窃盗やって見つかった時に走って逃げてやがるんだ!だから今も現役のスプリンター並みのスピードが出せるんだ!」

 

鎌谷の足音はどんどん近づき、やがて水木と並走した。

水木が左横を見ると、自分と同じように顔を赤ながら全速力で走る鎌谷がいた。

 

水木「速すぎる!こいつ速すぎる!集合時間も足も速すぎる!」

 

そして鎌谷は水木を追い抜いた。

 

水木「なんでぇーー?追い抜いたぁーー?オレを追いかけてたんじゃねーの?!」

 

鎌谷はバック走に切り替えると、ポケットに手を突っ込み、何かを取り出した。

 

水木の首元に一瞬痛みが走り、上半身から下半身まで温かくなるのを感じた。

水木の首から大量の血が流れ、体を覆う。

突然足が動かなくなり、躓いて変な方向に曲がる。

顔から地面に突っ込み皮膚が擦れ、脳が揺れる。

水木の意識はそこで消えた。

 

<完>