私の名前はジロギン。

HUNTER×HUNTERなどの漫画考察や、怪談・オカルト・都市伝説の考察、短編小説、裁判傍聴のレポートなどを書いている趣味ブログです!

【短編小説】偶然通りかかった、空き巣の手伝いをしてくれる人

錠之内 開次郎(じょうのうち あけじろう)、57歳、男性。窃盗で過去に7回逮捕された経験あり。

長年に及ぶ刑務所生活のストレスか、20代のときはフサフサだった毛髪が、今では側頭部のみを残してはげ上がっている。体重もかなり落ちた。

 

出所後、数年は生活保護を受給しながら質素倹約に暮らしていた錠之内。だが、最近だんだんと豪遊したい気持ちが強まっていた。

うまい飯をたらふく食べたい。酒を浴びるように飲みたい。夜のお店でオネェたちとおしゃべりしたい。そのためには、金が要る。

 

複数の前科がある錠之内は、定職に就くのが難しい。そうなると、金を調達する方法は、やはり盗みになってしまう。

良くか悪くか、錠之内は過去の犯罪で盗みのテクニックだけは上がっていた。特にピッキングで鍵を開け、空き巣をするのはお手のもの。大抵の家なら侵入から逃走まで10分以内に完了できる。

ただ、素早く「仕事」を終えられる小さい民家は、家主が低収入であるケースが多い。侵入しても盗める金品は少ないのだ。

やはり、盗みに時間がかかる大きな家には富豪が住んでいて、金目のものがたくさんある。狙うなら、より大きな家の方がリターンも大きい。

 

今回、錠之内が狙いを定めたのは、現在住んでいる地域で最も大きな住宅。四方を鉄格子で囲まれた、小さな小学校くらいのサイズがある庭付きの豪邸。

どこかの大手企業役員か、資産家が住んでいるのだろう。金の匂いが敷地の外まで漂っている。

錠之内は数日前から調査を行い、この家が日中誰もいなくなることを把握していた。

午後1時半の現在、外から見る限りでは、家の中の明かりは点いていない。

 

錠之内は豪邸を囲む鉄格子を乗り越え、忍足で庭を駆け抜け、玄関まで近づいた。ここまでは誰にも見られていない。

高さ3mはあろう巨大な扉には、鍵が7つも付いている。数は多く、解錠に時間はかかるが、一つひとつはシンプルな仕組みで、錠之内は過去に何度も同じような鍵をピッキングした経験があった。

ポケットからピッキングに使う金具を取り出し、上から順に鍵を開け始める錠之内。

2つ目の鍵を開けた時だった。

 

???「何やってるんですか?」

 

背後から男の声が聞こえた。驚いて振り向くと、錠之内のすぐ後ろに、一人の男が立っていた。年齢は20代前半、身長170cmほどで痩せ型、茶髪のマッシュルームヘア。大学生のような風貌だ。

錠之内の調査では、この時間、家には誰もいないはず。だとしたら、この男は何者なのか。それ以上に、自分が空き巣を働こうとしていたのがバレたのかと思い、錠之内の心臓は、毎秒280回くらいのスピードで激しく鼓動した。

 

錠之内「いや……あのぉ……ここら辺でウォーターサーバーの営業をしてまして……」

 

苦し紛れに言い訳をするが、男の顔は明らかに「古畑任三郎並みに疑っています」という感じだ。

 

男「もしかして……この家に入ろうとしていた泥棒ですか?」

 

錠之内「ひぇふぶぅはぁっ!!」

 

図星を突かれた錠之内は、言葉にならない奇声をあげた。

 

男「やっぱりそうだ!なんだぁ〜最初からそう言ってくださいよぉ〜。ボクも手伝います」

 

錠之内「すみません警察だけは……えっ!?」

 

錠之内は耳を疑った。

男はこの家の住人か、住人の関係者で、警察に通報しようとして近づいてきたのだと思っていた。

しかし「自分を手伝う」と言っている。

 

錠之内「いや……オレ、空き巣ですよ?分かってますよね?」

 

男「ええ。その空き巣を手伝うって言ってるんです。一緒に、この家の金目のもの全部盗んでやりましょう!足は引っ張りませんよ!何ならボク、この家の間取りを把握してますから、役に立つと思います!」

 

錠之内「なんで手伝いを……?」

 

男「ボクは今、偶然この家の前を通りかかっただけです。でも、前々からこの家に盗みに入ろうと狙って、情報を集めていました。で、玄関前であなたが怪しい行動をしてるのが見えたので、ボクも敷地に入って、声をかけたんです」

 

錠之内「前から狙ってた……?何か訳ありっぽそうですね……?」

 

男の表情が曇った。

 

男「ここの家主、大手百貨店を運営してる会社の社長だって知ってます?コイツが駅前に百貨店を出したことで、商店街のお客さんが全部奪われて、ウチの親父の店は閉店に追い込まれました。そして親父は首吊り自殺。残った多額の借金を、ボクが返済しています。普通に働いていたら、まず返せない金額なんです。だから、コイツの家から金を盗んで、コイツ自身の金で返済してやろうと考えていました」

 

錠之内「そんなことが……」

 

男「つまりこれは、ボクにとっての復讐です!すみません、便乗しちゃって。仲間がいると思ったら、頼もしく感じちゃって……それで……」

 

錠之内は手に持ったピッキング道具を強く握りしめた。

 

錠之内「……分かりました、やりましょう!お父さんの復讐、果たしましょうよ!オレが鍵を開けます!中に入ったら、金目のものがありそうな場所まで案内してください!」

 

男「あ、ありがとうございます!この家、地下室があって、そこが怪しいと睨んでいます!」

 

錠之内は扉の上から3つ目の鍵穴にピッキング道具を差し込み、解錠の続きを行った。

錠之内の背後で、辺りを警戒する男。

 

錠之内「今までオレ、自分のためだけに盗みを繰り返してきました。本当にどうしようもない人間だったと思います。でも今は、人の役に立てている実感があります。盗みをやってきたことが、こんな形で役に立つとは思いませんでした」

 

男「何度もやってきてるんですね!どうりで手際が良いわけだ!」

 

錠之内「褒められた技術じゃありませんがね!」

 

錠之内は6つ目の鍵まで解錠した。残り1つになったところで、男が錠之内の背中を軽くポンッと叩いた。

 

男「あと1つはボクに任せてください」

 

そう言うと男は、錠之内を後ろに下がらせ、扉の前に立った。そして、ポケットから金具を取り出す。鍵の形をした金具。

金具を鍵穴に刺して、右回転させる男。ガチャリという音を立て、扉が開いた。

 

男「開きました!さぁどうぞ、入ってください!」

 

驚きで目を丸くする錠之内。男はこの家の鍵を持っていたのだ。

 

錠之内「……えっ!?……でも、どうして?」

 

男「ここボクの家です。正確には、ボクの父の家です」

 

状況が飲み込めない錠之内。入れと言われても、足が動かない。

 

男「すみません。ボク、ちょっとだけウソをつきました。商店街にある店が潰れて父が自殺して、借金を背負ったっていうのはウソです。百貨店を駅前に出して、商店街の店を一掃したのが、ボクの父なんです」

 

錠之内「えっと……じゃあ……この家の間取りを把握してるっていうのは……」

 

男「自分が住んでる家なんですから、当然ですよね」

 

錠之内「ならなんで、オレがピッキングするのを黙って見てた……?」

 

錠之内「ウチ、少し前までガチガチにセキュリティ対策をしていて、ハムスター1匹入れないほど厳重だったんです。だけどある日、父が『あまりにも緊張感がなくて退屈だ』って言い出して、ガバガバセキュリティに変えちゃったんですよ。警備員もいないし、防犯カメラもない。だから簡単に入れたでしょう?しかも、父はボクたち家族に『もし泥棒に会ったら招き入れろ』なんて言うんです」

 

錠之内「つまり、オレをわざと泳がせてたってこと……?」

 

男「その通り!だから入ってください!地下室に、あなたのような泥棒のために用意したとっておきの『設備』がありますので、ぜひ堪能していってください!」

 

錠之内「……いや……」

 

男「さぁどうそ!遠慮せず!せっかく開いたんだから!ウチに入るのが目的だったんでしょ?」

 

錠之内「いや……でも……」

 

男「さぁ早くっ!どうぞっ!入れぇっ!!」

 

錠之内は、男が開けた扉をくぐり、明かり一つ点いていない家の中へ入っていった。

その後、錠之内がこの家から出てくることはなかった。

 

<完>