私の名前はジロギン。

HUNTER×HUNTERなどの漫画考察や、怪談・オカルト・都市伝説の考察、短編小説、裁判傍聴のレポートなどを書いている趣味ブログです!

【短編小説】植物を大切に育てる校務員vs不良小学生

マサトは、角刈りの小学6年生男子。

ピカ⚫︎ュウが真ん中に大きくプリントされた、青いTシャツをほぼ毎日来ていること以外は、どこにでもいる小学生だ。

 

マサトには仲の良いクラスメイトがおらず、教室では誰とも話さずに過ごすことが多い。

それでもマサトは、毎日休まず学校に行っている。理由は、門司(もんじ)さんという男性校務員と話すのが楽しいから。

門司さんは、メタボリックな50代男性。普段、上下紺色のジャージを着て、白いタオルを頭にバンダナのように巻いている。

門司さんは草花の知識が豊富で、マサトは門司さんの植物トークを楽しみにしている。まるで図鑑を読んでいるようで、でも図鑑ほど小難しい説明がない門司さんの語り口は、マサトをグリーンな世界に引き込んだ。

 

学校の授業を終えたマサトは黒いランドセルを背負って、一目散に校庭へ向かった。

校庭の一角にある花壇には、門司さんが育てている草花がキレイに咲いており、放課後になると門司さんが水やりをしている。

そんな門司さんを手伝いながら、彼の植物トークを聞くのがマサトの日課になっていた。

 

花壇近くの蛇口につないだホースで豪快に水を撒く門司さん。門司さんから少し離れた場所で、ホースの水が届かない草花にジョウロで水をやるマサト。

そんなマサトの背後から、サッカーボールが飛んできた。

ボールはマサトの顔スレスレを通過すると、花壇の中で土をえぐるように3回バウンドし、動きを止めた。

 

???「オレ取ってくるわ〜」

 

ボールを追いかけ、1人の少年が、まるでアメリカの家のように土足で花壇の中に入り、草花を踏み荒らす。

その少年は、マサトと同じクラスの溝落(みぞおち)という男子生徒。担任の言うことを聞かず、授業も真面目に受けない不良グループの1人だ。ウワサによると、下級生をいじめたり、近所のコンビニで万引きをしたりしているらしい。

そのくせ、溝落の父親は市議会議員で、母親は学校のPTA会長を務めているため、先生たちも強く注意できずにいる。溝落は両親の権力を利用し、やりたい放題だ。

マサトは、そんな溝落のことをよく思っていない。溝落とつるんでいる取り巻きたちも、マサトからすると害虫のように思えた。

 

溝落「あー、ボール汚れたわ。ウゼェ」

 

溝落は花壇で数回リフティングして、ボールについた土を払い落とした。

リフティングはお世辞にも上手いとは言えず、足元がフラフラしており、その度に草花が踏み荒らされる。

 

少年B「お〜い溝落〜!早くしろよ〜!」

 

遠くの方から、別の少年の声が聞こえる。溝落の取り巻きの一人だ。彼らは複数名で、サッカーをしていた。

溝落は取り巻きたちに向かって手を挙げ、「今すぐ戻る」と合図を送った。

普段なら溝落に何も言えないマサト。だが、この花壇の草花は全て、門司さんが大切に育てたものだと知っている。だから今回ばかりは黙っているわけにはいかない。

マサトは勇気を出し、ガツンと言ってやることにした。

 

マサト「あの……溝落くん!ここ、花壇なんだけど……」

 

溝落「あ? 誰お前?花壇って見りゃわかるだろ?」

 

溝落はマサトを、自分のクラスメイトとすら認識していないようだ。

それもそのはず。マサトはクラスでは目立たない陰キャ。一方溝落は、良くも悪くもクラスの中心に位置する陽キャ。2人の存在はまさに光と闇。圧倒的な光の中で、闇は存在できない。

 

マサト「ここの花……門司さんが育てた大切なもので……」

 

溝落「だからぁ、お前は誰で、門司ってのも誰だよ。登場人物全員知らねーんだよ。何か言いたいことがあるならさぁ、前提条件から話してくんね?」

 

溝落はマサトに詰め寄る。マサトより溝落の方が、10cm以上背が高い。マサトが威圧感を覚えるには十分な身長差だった。

マサトの目から涙がこぼれ落ちる。溝落が怖いからではない。門司さんが手塩にかけて育てた草花を、無慈悲に踏みにじる溝落に向かって、何も言うことができない自分の無力さに腹が立つからだ。

 

溝落「何泣いてんだよ?『タイタニック』でも見たのかぁ?邪魔だチビ!オレはサッカーで忙しいんだよ。中村俊輔みたいになるには、練習あるのみなんだ!」

 

溝落はマサトの両肩を押す。マサトはお尻を地面に強く打った。

直後、マサトの視界外から細長い水流が、獲物に飛び掛かる蛇のようにくねりながらやってきて、溝落の顔に当たった。

溝落は、花壇の土の上に倒れ込んだ。

 

門司さん「揉め事なら花壇の外でやってくれるか?」

 

ホースを持った門司さんが、マサトの後ろに立っていた。

 

溝落「テメェ……雇われの校務員が児童に水ぶっかけたなんて問題になるぞ!ママに頼んでPTAの議題にしてもらうからなぁ!」

 

門司さん「児童に水をかけた?私は、花壇の草花に水をあげただけだが?キミに水をかけたのではなく、水やりをしている花壇の中に、キミがいたんだが?」

 

溝落「屁理屈を……死にさらせぇ!」

 

溝落は立ち上がると、門司さんに殴りかかった。

近づいてきた溝落の首根っこを掴み、持ち上げ、ディープキスをしそうな距離まで顔を近づける門司さん。

 

門司さん「10年ちょっとしか生きてないガキが……50年以上生きている人間のパワーに勝てると思うなよ?10と50、どっちが大きいか分かるよな?」

 

今まで見たことがないほど冷たい門司さんの表情に慄くマサト。

恐怖を感じたのは、溝落も同じだった。

 

溝落「ご……ごめ……ごめんなさい……」

 

門司さん「雑草を抜くついでに、この首も引っこ抜いちまうかもしれないなぁ……」

 

門司さんは溝落の首根っこから手を離す。溝落は泣きわめき、おしっこを漏らしながらどこかへ走り去っていった。

門司さんと溝落のやり取りを、地面に倒れたまま見ていたマサト。

ようやく立ち上がり、門司さんに近づく。

 

マサト「門司さん、ごめんなさい……ボク、あの不良に何もできなくて……」

 

門司さん「いや、見ていたよ。キミは、小さいかもしれないが、勇気を振り絞って悪ガキに立ち向かってくれた。ありがとう」

 

マサト「門司さん……」

 

門司さん「私が植物を好きな理由の一つはね、他の生き物を傷つける圧倒的な武器など持っていないけれど、険しい自然の中でしっかり生きている、その強さなんだ。本当に強い存在は、周りを傷つける暴力なんて必要としない。さっき、あの悪ガキ相手に立ち向かったキミにも、私の好きな植物たちと同じ強さを見たよ」

 

マサトは門司さんに抱きつき、滝のように涙を流した。

門司さんが校庭の花壇で育てているのは大麻の成分になる「ケシ」であり、門司さんは育てたケシを収穫して大麻を作り自分で吸引したり、闇市場で売買したりしていたことが後日発覚し、逮捕されるのを、このときのマサトはまだ知らない。

 

<完>