春と呼ぶにはまだ寒く、着込まなければ風邪をひきそうな日だった。
時刻は深夜1時を過ぎていた。
私を含めた知人たち4名はすでに終電を逃し、途方に明け暮れていた。
このまま居酒屋でお酒を飲むのもいいが、朝まで体力は持ちそうにない。
そのうちの1人の家が、居酒屋から歩いて30分ほどでたどり着けるということで、全員で向かった。一晩の宿借りだ。
「コイツの家はどうやっても寒いところが1ヶ所だけある。暖房をつけてもそこだけ寒い。」
知人の1人がそういった。これから向かう家の悪口だ。泊めてもらう立場にあるのに悪口を言うのは、いけないだろうと言い合っていた。
しかしこの知人の言うことも気になる。
「1ヶ所だけ寒い」というのはどういうことなのか?窓の側なら寒くても当然だが、話を聞くと、窓の側ではないらしい。
家に着いた。1kの一人暮らし向けのアパートだった。
暖房をつけ、床に転がって寝ることにした。
しかし気になる、1ヶ所だけ寒いところ。
そこはどこなのかと聞くと、家主はここだと指し示した。
確かに窓際ではない。むしろ窓とは対極にある一畳程度の部分だった。
どれどれ?とその部分に足を踏み入れると寒い。というより冷たい。異常なほど冷たい…
そこから一歩動けば、暖房が効いて暖かい空気が漂っているが、そこだけは何分経っても冷たかった。
「多分そこ『霊道』なんだよ。おかしいもん。寒すぎるだろ」
知人の1人が冗談混じりでそう言う。
怖いからそう言うことを言うなと家主。
しかし冷たい。異常なほどに。
私はそこが本当に霊道なのか確かめるためにも、その部分で寝ることにした。
それなりに着込めば寒さも大丈夫だろうし、所詮霊道なんてものはなくて、建物の建ち方でこの部分だけ寒くなっているのだろうと考えていた。
全員が寝静まった。私以外は。
寒すぎる。眠れないほど寒い。
これならまだ外の方がマシだというくらい寒い。
夜は明け、朝が来たが、私はロクに眠れなかった。
しかも明らかに風邪を引いた。たかだか3〜4時間程度のそこにいただけだが、意識が朦朧となりそうなくらい風邪を引いた。
そこから1週間風邪は治る気配はなく、高熱と咳が止まらず、病院嫌いな私でも命の危機を感じ病院へ向かった。
「あー、これはヒドイねぇ。毎回こんなに喉腫れちゃうの?今すぐ点滴しよう。」
医師から一言。初めての点滴がこうもあっさりやってくるとは。
医師曰く、喉が腫れあがり、咳で出血していて、普通に療養していたのではまず治らないほどだったそうだ。
霊なんてものを信じたくはないが、当時の異常な寒さと高熱や咳を考えると、「あの部分」には何かあるのではないかと考えてしまう。
私が体調を急激に崩した件もあり、私と知人たちの間で「あの部分」は
一畳の霊道
と呼ばれるようになった。
その家に住んでいた知人は、なるべく「一畳の霊道」では寝ないようにし、その後1年ほど住み続けたらしい。現在は引っ越したと聞いた。
建物のや部屋の位置的に「一畳の霊道」は寒かっただけ。私もちょうど体調を崩すタイミングが重なっただけ。
そう考えればなんてことはない出来事だが、それだけだったのだろうか…?