白髪にサングラス、アロハシャツと短パン姿のおじいさんは、なんとも惜しい。白髪でなければ亀仙人と同じじゃないか。
いかんいかん!余計なことを考えてしまった。
私は介護士。今は仕事中。
おじいさんは、言い方は悪いけれども、あくまで商品として扱わなければならない…
このおじいさんは身寄りがないため、老人ホームに入ったが、体は比較的元気で、自分一人で歩くこともできる。
面倒を見ることは少ないので、楽は楽なのだが、正直、私たち介護士としては厄介極まりない。元気な老人の行動力は凄まじく、まるで渡り鳥かと思うくらいあちこち移動する。
おじいさんは尿カテーテルをつけていて、出歩くときは腰の位置くらいの変なカラカラ引っ張る、車輪が付いているカバンみたいなやつに尿を溜めて移動している。
今日はお散歩の日。
ホームから近い公園を歩くのが散歩コースで、1時間ほどの行程になる。
公園は広く、道が走っていて、この季節は緑が生い茂っていて、木陰が涼しく気持ちいい。
しかし正直、私は草とか、そういうジャングル系のものが苦手だ。本当は外に出たくない。
けど仕事だから仕方がない。
おじいさんはあのカラカラを「めんどくせぇ」とのことで私に渡し、カラカラさせた。
カテーテルはおじいさんの息子、少しややこしいが、おじいさんの息子が生まれてくる息子に繋がっているため、私も離れることはできない。
私とおじいさんが横並びになり公園を歩く。
不気味なカップルだ。周りの人からはどう思われているのか気になるが、知ることはできない。忌々しい。
おじいさんはホームでは物知りで有名で、私たち介護士の間では「ウンチクジジイ」というあだ名をつけていた。決して悪意があるわけではなく、「ウンチクジジイ」なのだ。
ウンチクジジイのウンチクが始まった。
「働きアリはな、どんなにたくさん群れをなしていても、そのうちの2割しか働いていないんじゃよ。」
知っている。そんなことは知っている。
知っているって言いたいけど、仕事だから言えない。
「そうなんですね〜」
私はそれなりに応える。
ジジイのウンチクは続く。
「しかも、その2割の働きアリだけを働かせると、またそのうちの2割しか働かないそうだ。何匹でも同じ状況になるそうだぞ。」
それも知っている。
「そうなんですね〜」
相槌だけ打っていればいい。
そう思った矢先、おじいさんの目の色が変わった。
「お前さん…何じゃあ…話聞いとるんか?」
商品が喋ってる。そんな感情しか抱けない私。
「そうなんですね〜」
話なんて聞いていないと言っているようなもの。おじいさんはさらに険しい表情になる。
「お前さん…ワシが昔なんて呼ばれとったか…知っとるか?」
私もさすがに腹が立ってきた。
「いや…知りませんね…何ですか?『大したことのないウンチク垂れ流し太郎』とか…ですかねぇ?垂れ流すのは尿だけにしといてくださいよぉ…」
おじいさんと私との間の空気が揺れる。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…
その時。
おじいさんは私の顔を拳でで殴った。
私は間髪入れずに尿が入っているカラカラでおじいさんの顔面を打ちのめした。
所詮ジジイの拳、大した力はないと思っていたが、私の意識が遠のく。
だが私もカラカラでジジイを殴った、確実にダメージはあったはずだった。
はずだったが、ジジイは全く体勢を変えず、倒れゆく私を微笑みながら見下している。
なぜジジイにはダメージがない?
遠のく意識の中で私は感じた。
このカラカラ、尿が入っていない…軽い、軽すぎる…だからジジイにダメージは無かったのか。このジジイ…わざと私にこのカラカラで殴るよう仕向けたのか。私を苛立たせるウンチクを垂れて…ジジイの憂さ晴らしか…介護士を殴って憂さを晴らしたかったのか…元気なジジイには老人ホームはストレスになってしまうことはよく聞いていたが…
私は意識を失った。
目が覚めたら、私は働いている老人ホームの仮眠室にいた。
同僚が「大丈夫か?」と聞く。大丈夫だが、ウンチクジジイはどこに行ったのか、わからない。
結局ウンチクジジイは見つからなかった。
私を殴りジジイは逃走したようだ。
ただ、尿カテーテルだけを残して。
この物語は私が見た夢を元に考えたフィクションです。妄想です。
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