とある金曜日の夜のこと。時刻は19時。
少し強い雨が降り注ぐ日だった。
その日の仕事終わり、私は会社の先輩1人、同期2名の4人で飲むことになった。
特別なことは何一つない、いつも飲み会に参加するメンバーだが、社内の人たちといえど、気の知れた仲の人たちと飲んだほうが結果的に一番楽しい。話すことがないくらい話した仲だが、お酒がはいれば話すことは山ほど溢れてくる。
居酒屋の予約はしていなかった。
4人ならどこでも入れるだろうと思っていたが、その日は訪れる居酒屋はどこも満席だった。
どのお店にすればいいのか途方に暮れていた私たちの元に、2名のスーツ姿の、おそらくサラリーマンだと思われる人たちがやってきた。
1人は20代後半くらい、もう1人は20代前半といったところだろうか。
既にどこかで飲んできたのか、2人は若干酔っている様子だった。
「おにーさんたちヒマ?一緒に飲まない?」
20代後半の男、おそらく先輩だろうからここでは仮に先輩、そして20代後半の方を後輩と呼ぶことにする。先輩の方が私たちと一緒に飲みたいと話しかけてきた。
先輩と後輩は元々会社の同僚たちと飲むことになっていたそうだが、4人ほどキャンセルとなり、2名になってしまったのだとか。
正直私は4人でも入れる店が無かったのに、6人なら尚更入れないし、見知らぬ人と飲みたいとは思わないタチなので、嫌だった。
しかし同期の1人が是非飲もうと乗り気だったため、6人で飲むことになった。
先輩と後輩は既に店を6人で予約しており、キャンセルするのももったい無かったから4人のグループを探していたところ、私たちを見かけ声をかけたのだとか。
まぁ私たちとしては店が見つからない状況だったので、ラッキーではあったが。
予約した居酒屋にたどり着いたが、ウソだと思うくらい空いている。どの店も混んでいるというわけではないようだ。
そんなこんなで6人の飲み会が始まった。
後輩の男が、
「この出会いに乾杯!!!」
という月並みな掛け声を出して皆ビールを飲み始めた。
さらに後輩の男は続けた。
「この店は2時間制だから、9時くらいまでしかいられないんですけど、もう一軒先輩の行きつけの店があるんで行きましょう!行けますよね?先輩?」
先輩は応えた。
「あぁ、まぁ確認する必要はあるけどな。俺ちょっと電話して確認してみるよ」
先輩は席を立ち、トイレの方に消えていった。
私たちと後輩は飲み続けた。
先輩が席に戻り、次の店も入れるとのことで、この店を出たらそちらに向かう予定になった。
最初はぎこちなさがあったが、やはり無難な話題としては相手の仕事を聞くことだろう。
「お二人は何のお仕事をされているんですか?」
私は聞いた。後輩が応えた。
「えーっと…何ていうかサラリーマンっていうか…」
先輩が割って入る。
「いや、あの…飲食のチェーン店経営してる会社で…ウチらは本社で働いてるんですけど…」
何だろう、この違和感は。
その後も2人の話が噛み合わないことばかりだった。まるで親会社と子会社のように互いをよく理解していない…同じ会社で働いていてこのようなことはあるか?
後輩のしゃべる度に先輩が訂正を入れる。
どうも怪しい。この2人、よく飲む感じを醸し出しているが、さっきからビール2杯も飲んでいないし。
後輩が席を立ちトイレに向かった。
そのあとで私もトイレに向かった。後輩の後を尾けるように。
後輩が向かったのはトイレではなく厨房。
私はトイレに入らず聞き耳を立てていた。
後輩とはまた違う男が
「お前もっと上手くやれよ!店背負ってる気持ちでよぉ〜!ボロ出しすぎなんだよ!」
と怒鳴っている。相手はあの後輩だろう。
私は何となく合点がいった。
おそらくこの先輩と後輩は今日あったばかりの他人。そしてサラリーマンではなく後輩はこの店で、先輩は次に行く店で働く「客引きの男」なのだろう。
サラリーマンを装い、店を探している人たちに声をかけ、一緒に飲む。客引きの男たちが飲食した分店はマイナスだが、この客たちが常連になれば初回分のマイナスを回収することもできる。そういうまた新しい店の広報活動だ。
相手の意図が見抜ければ、私がやることは一つ。
とことん先輩と後輩に飲ませ、マイナス幅を広げ、この店には来ない!!
嫌な性格をしている私だが、これはこれで面白くなってきたと感じた。
席に戻ると私は飲みのエンジンを全開にした!
「先輩さんも後輩さんも全然飲んでないじゃあないですかぁ〜。そんなんハムスターでも飲めますよぉ〜。もっと楽しみましょうぜ!」
こんな感じのことは普段しない、むしろ嫌いだ。でも今回は楽しんで出来ている自分がいる!
2時間で全然も後輩もそして私たちもベロベロになるほど飲んだ。
飲み放題にしていなかったため、なかなかの金額に膨れ上がった。
先輩の方がお酒が弱いようで、フラッフラになっていた。まるで生まれたばかりの子鹿のような足腰になっていました。
後輩は先輩の肩を抱え、
「今日は先輩の意識があの世に引っ張られてそうなので、ここで失礼いたします。」
という言葉を残して、夜の街に消えていった。
私たちは自力で別のお店を見つけて、飲み直した。
相手の懐に入らなければなかなかお客さんは来てくれない。売上に繋がらない。
虎穴に入らずんば虎子を得ず。楽をして金を稼ぐっていうのは難しいのだと感じた。
インターネットが当たり前になり、楽をして稼げる世の中になったかと思いきや、まだまだ自分の足で稼ぐのが一番稼げる世の中のようだ。
もしかしたらどれほどテクノロジーが進歩しても、その事実だけは変わらないのかもしれない。
先輩と後輩が入り込んだ虎穴には、私という虎、もはやベンガルトラがいたわけだが、彼らの度量と努力には賞賛を送りたいと思った。
このストーリーは私が見た夢を元に構成したフィクションです。
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