私の名前はジロギン。
今回紹介するのは、酒井 俊之(さかい としゆき:仮名)さんという男性から聞いた話。
人間の心の複雑さを感じたエピソードだと語ってくれた。
二重人格
酒井さんの会社の先輩であるAさんが逮捕された。
酒井さんが入社してから5年、優しく親身に察してくれた男性社員で、10歳近く年上だったが、飲み会では友達のように話ができた。
罪状は「殺人および殺人未遂」。
包丁で父親の腹部を2回刺し、母親の背中を1回刺した。原因は些細な口喧嘩だったようだ。
Aさん自ら警察と救急に通報したが、父親は搬送先の病院で死亡。母親は全治3ヶ月の重傷を負った。
酒井さんにとって信じられない出来事だった。
まさかAさんが人を殺すなんて。
「朗らかで人当たりのいい人物。他人を傷つけるような真似は絶対にしない。」
同僚たちも、Aさんに対してそのような印象を持っていた。
事件から数週間後のある日、会社を休んでAさんの裁判を傍聴に行った酒井さん。
なぜ自分の親を手にかけたのか、その理由が知りたかった。
手錠をかけられ、腰縄をつけたAさんが法廷に入ってきた。
髪はベタベタ、以前よりかなりやつれているように見える。
目は虚ろで、顔に黒い穴が2つ空いているような感じだった。
Aさんは弁護人の前に座り、黒い眼でただ真っ直ぐ前を見つめていた。
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この日の裁判では証人尋問が行われた。
証人尋問とは、被告人(Aさん)に関して証人が弁護士、検察官から質問を受け、回答を証拠とする行為のことだ。
証人として呼ばれたのは、Aさんのカウンセリングを行なっている男性の精神科医。
その証言を聞き、酒井さんは衝撃を受けた。
Aさんは解離性同一性障害と診断されていた。
すなわち「複数の人格を持っている」ということだ。
精神科医の話によると、Aさんは少なくとも2つの人格を有しているとのこと。
1つは穏やかで理性的な人格。
もう1つは非常に攻撃的で理性が働かない人格。
解離性同一性障害だからといって、必ずしも別人格が罪を犯したり、攻撃的であったりするわけではない。
しかし、Aさんのようなケースも見受けられるとのことだった。
人格が入れ替わるきっかけや、今どの人格が「主人格」となっているかの判断は、プロの精神科医でも難しい。
一般的には、強いストレスを受けたり嫌なことがあったりすると別人格に支配されてしまう事例が多いとのこと。
Aさんは両親が歳を取り、介助のために実家へ戻ったが、想像以上に大変だと常々言っていた。
そのストレスが別人格に乗っ取られるトリガーとなり、犯行に及んでしまったのかもしれない。
酒井さんはそう考えた。
別人格に支配されている間、主人格は記憶を失ってしまうことがあるらしい。
実際にAさんは犯行当時のことを覚えておらず、気がついたら目の前に血まみれで倒れている両親を見つけたので通報したと発言していた。
だが、罪を認めていないわけではなかった。
昔から記憶がなくなることが頻繁にあり、その度に友人や家族に暴力を振るってしまうという自覚があったそうだ。
もしかしたら、同僚たちの前でも「別人格」のAさんが現れていた可能性があると思うと、酒井さんは背筋に冷たいものを感じた。
審理の最中、Aさんは自分が発言するタイミング以外ほとんど瞬きもせず、ずっと正面を見つめていた。
一体何を見て、何を考え、弁護士、検察官、証人の発言をどう捉えていたのだろうか。
裁判中のAさんは「どっち」だったのか、酒井さんには判別できなかった、と語ってくれた。
※ご本人や関係者に配慮し、内容を一部変更しています。
自分ではない自分との向き合い方
記憶がないのに、自分が人を殺していた。
Aさんの立場になってみても恐ろしく感じるエピソードでした。
解離性同一性障害は、非常に複雑と言いますか、向き合い方が難しい症状だと思います。
誰が悪いとか、何が悪かいとか、明確に判断できるものではない。
故に当事者はもちろん、周りにいる方もしっかり対応しないといけないものなのだろうと思います。
私は専門家ではないので、今回のエピソードに対してこれ以上の言及はしないつもりです。