私の名前はジロギン。

HUNTER×HUNTERなどの漫画考察や、怪談・オカルト・都市伝説の考察、短編小説、裁判傍聴のレポートなどを書いている趣味ブログです!

【短編小説】人生で初めてヒッチハイカーを乗せた男

アーサー・コカン・ムズガユは、遥か遠くの山に向かうため、アメリカの荒野を通る一本道を車で走っていた。

彼は30代半ばにして初めて出来た彼女に、交際2ヶ月足らずでフラれ、傷心中なのである。

 

普段アーサーは車に乗るとき、一番好きな曲であるThe Beatlesの「Let it be」を流す。

彼女と車に乗るときもそうだった。

初めてのドライブデートで音楽をかけたとき「この曲なんかちょっと怖い」と言う彼女に、「Beatlesに謝れ!イギリスのリバプールの方を向いてなぁっ!」と怒鳴り散らしたこともあった。

しかし今は、お気に入りの「Let it be」を流すと、そんな彼女との思い出がフラッシュバックし、涙が溢れてくる。それだと前が見えず車がクラッシュしかねないので、この日は無音のままひたすらドライブを続けていた。

 

家から車を走らせること約4時間。

夕日が沈み、夜の帳が辺りを包み始める。

住み慣れた都会は影も形もない。ビルも街灯もない夜の荒野は、闇のそのものだ。

アーサーに見えるのは、車のヘッドライトで照らされた道路のみ。

この道路がどこまで続いているのか、まるで分からない。クジラの広い体内をドライブしているようだった。

 

100メートルほど先、道路の右横に影が見えた。

近づくにつれ、影は人の形に変わった。

その人物は男性のようで、体の前に腕を伸ばし、親指を上げてる。

ヒッチハイカーだ。

 

アーサーはこれまでの人生で、ヒッチハイカーに出会ったことがない。

映画やドラマの中だけの存在だと思っていた。

物珍しく感じたのと、なぜ男性がヒッチハイクをしているのか興味が湧いてきたことから、「もし自分と行き先が同じ方向であれば、途中まで乗せていくのもいいだろう」と思ったアーサー。

 

男性の横に車を止め、窓を開ける。

男性は40代くらいの白人。髪は金色で肩まで伸びている。

薄茶色のロングコートを着ていて、荷物は何も持っていない。

 

男性「近くで車が故障してしまって。もし良ければ乗せてくれませんか?」

 

アーサー「どこまで行くんです?」

 

男「ここから20kmほど道なりに進むとモーテルがあるんです。そこまで乗せていってくれませんか?」

 

20kmなら車ですぐだし、アーサーの目的地はモーテルを超えた先にある。

 

アーサー「乗ってください!後部座席は荷物が置いてあって狭いので、助手席にどうぞ!」

 

男性「ありがとう!親切な方に会えてよかった!」

 

男性は助手席側のドアを開け、シートに座る。

男性がドアを閉めたのを確認すると、アーサーは車を再度走らせた。

 

アーサー「車の故障なんて災難でしたね。でも、悪いことは次にいいことが起きる前触れだって、よく母が言ってました。だから大丈夫ですよ!ボクはアーサーといいます。出身はノースカロライナ州で」

 

男性「黙れ殺すぞ!」

 

男性はコートの内ポケットから自動式拳銃を取り出し、銃口をアーサーのこめかみに突き付けた。

 

アーサー「な、何ですそれ!?」

 

男「金目のものを出せ!財布も時計もテレフォンカードも全部だ!」

 

アーサー「まさか強盗……?」

 

男「早くしろ!車は止めるなよ。このまま走らせ続けろ!」

 

アーサーは左手でハンドルを握りつつ、震える右手で左手首につけた腕時計を外し、男性に渡した。

 

アーサー「ちくしょう!なんてツイてなんだオレは……初めて乗せたヒッチハイカーが強盗だなんて……」

 

男性「うるせぇぞ!テメェの運の無さを恨むんだな!」

 

アーサーは腰を浮かせ、右の尻ポケットに入った財布を取り出し、男性に渡した。

 

アーサー「彼女にフラれたばかりなのに、さらにこんな目に遭うなんて……!」

 

男性「未練たらしい!別れた女のことなんか2秒で忘れろ!」

 

アーサー「その彼女に5万ドル貸して、婚約指輪まで買って、結婚式場まで決めたのにフラれてしまって……」

 

男性「それは忘れられんなぁ!一生忘れられん!ていうか結婚詐欺だろそれ!」

 

アーサー「その翌日に父が経営している会社が潰れ、ボクも借金の肩代わりをすることになって……『父さんの会社が倒産』なんてね!HaHaHa!……って明るく笑える人生になることを願ってドライブに出たのに……」

 

男性「なんか可哀想になってきたぁ〜〜〜でもオレも生活が苦しんだ!テメェみてぇな弱者男性は、オレのような強者男性、いや豪傑男性の養分になれ!オレこそ生き残るべき男性なんだ!」

 

男性は親指で拳銃のセーフティロックを外す。

 

アーサー「ヒィッ!!撃たないで!打つのはインスリン注射で間に合ってるんだ!」

 

男性「コイツ糖尿病まで患ってんのか!なんかむしろ少し恵んであげたくなってきたけど甘えさせちゃいけねぇ!コイツは甘いものの食い過ぎで糖尿病になったのだろう!これ以上甘いものを与えちゃならねぇ!担当医もそう言うはずだ!」

 

アーサー「母さん……あの言葉は嘘だったのか……?悪いことの後に良いことなんて起きない……悪いことが立て続くだけじゃないか……まるでドミノのように止まらないアクシデント……」

 

男性「他に金目のものは?」

 

アーサー「あとは、後部座席のバックパックの中にも、いくつか金になりそうなものが……」

 

男性は上半身を後部座席の方へ乗り出し、バックパックの中を漁り始める。

 

アーサー「ちくしょう!何でまたこんなことを……しなくちゃならないんだっ!」

 

ーーーーーーーーーー

 

深夜。

目的地の山に到着したアーサー。

木々が辺りを覆う山の奥深くで、人の気配は全くない。

アーサーは車から降り、トランクを開ける。中には大きなシャベルが1本入っていた。

 

シャベルで地面に穴を掘り始めるアーサー。

静かな山の中、シャクシャクと地面を掘り返す音が響く。

車のヘッドライトが、墓穴を掘るアーサーを照らす。

その手は、血で赤く染まっている。

 

彼女の分の穴だけを掘れば良かったはずなのに、さっき会ったばかりの、しかも自分の身ぐるみを剥がそうとした男の分までわざわざ墓穴を掘る必要があるのかと、疑問に思うアーサーであった。

 

<完>