私の名前はジロギン。

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【短編小説】試合中に監督とケンカする高校球児

井上 和也(いのうえ かずや)は、熱心に野球に打ち込む高校3年生。

県内でも屈指の強豪校『私立猛牛第四高校』硬式野球部のレギュラー選手で、守備位置はライト。打順は7番。

今でこそレギュラーに選ばれている井上だが、それまでの道のりは険しかった。

 

中学時代は目立った実績を残せず、強豪校に入ったものの、最初は3軍のベンチからスタート。

選手層は厚く、先輩や同級生には自分より上手い選手が多い。そんな中でも1軍のレギュラーになる夢を諦めず、練習に励んできた。

練習以外の時間に素振り1,000回、ランニング10km、腕立て伏せ100回、上体起こし100回、スクワット100回、深呼吸10回。

血の滲むような努力をしながら3年生になり、ようやく1軍のレギュラーに上り詰めた。

 

そんな井上が所属する猛牛第四高校だが、現在、夏の甲子園県予選の1回戦でピンチを迎えている。

17対61

序盤戦は猛牛第四高校が圧倒的な強さを見せ、合計17点のリード。このまま試合が終わるかと思いきや、相手高校が逆転。8回裏までに44点差がついてしまったのである。

 

昨年の夏は甲子園ベスト16まで勝ち残った猛牛第四高校が、予選の1回戦で、しかも全国ではほとんど名の知られていない無名高相手に、大量得点差で敗北寸前なのだ。

 

9回の表。これが猛牛第四高校にとって最後の攻撃だ。

ノーアウト満塁。現在バッターボックスに入っている5番打者は、2ストライク2ボールと追い込まれていた。

カウントと打順的に、確実に井上まで回ってくる。

もしかしたら「2アウト満塁」という、試合の勝敗が決まる重大な場面で打順を迎えるかもしれない。

井上にとって初めての夏の予選大会は、想像していた以上にハードなものだった。

ベンチで待機している井上の心拍数は、1分間に200回を超えていただろう。

 

「おい!井上!」

 

ベンチでふんぞり返り大股を開いて座る監督が、井上に向かって手招きをする。

監督は今年で58歳のベテラン野球監督。

一見すると小太りで偉そうで、全く似合っていないサングラスをかけたジジイだが、猛牛第四高校が甲子園に出場できるほど強くなったのは、この監督の功績といってもいい。

元々、猛牛第四高校は予選で1回勝てれば良い方の弱小校だった。しかし20数年前に現在の監督が就任してから昨年まで、予選でベスト4以上は当たり前。甲子園には7回出場、そのうち1回は準優勝という輝かしい成績を残せるようになった。

弱小校を強豪校へと成長させた手腕から、監督は「カリスマ野球監督」として様々なメディアから取材を受けている。

 

監督「分かってると思うが、打順的にお前は重要な局面でバッターボックスに立つことになる」

 

井上「はい!」

 

監督「正直、うちが予選の1回戦でここまで追い込まれるなんて予想もしてなかった。が、野球とはこういうものだ。何が起こるか、誰にも分からない」

 

井上「はい!魔物が棲んでいます!」

 

監督「そこでだ、井上。今のお前の心境を知っておきたい。この状況はお前の野球人生において、最初にして最大の関門だろう。オレは今年になって初めてお前をレギュラーに選んだわけだが、その判断が正しかったのかどうか、お前の心境から判断したいんだ」

 

井上「心境……」

 

監督「どうだ?お前は、どんな球を打つつもりでいる?相手ピッチャーがどんな球を投げてきたら、お前はバットを振るんだ?」

 

井上「……それはもう、どんな球でも打ってみせます!必ず次につなげて見せます!」

 

監督「そうか……じゃあダメだ。井上、お前はベンチに下がれ。代打だ。水島、準備しろ」

 

水島「……はい、分かりました」

 

井上「ちょ、ちょっと待ってください監督!なぜです?!なぜオレじゃダメなんです?!」

 

監督「長年の勘で分かるんだよ。お前は必ず三振する。『どんな球でも打ってみせる』と言ったな。それは強い覚悟や意志の現れではない。冷静な判断ができなくなっている証だ。どんな球でも打てるバッターなんていない。相手ピッチャーのクセや球種を見抜き、確実に打てるボールを絞る。それが冷静なバッターの思考だ」

 

井上「そ、そんな……でもよりにもよって水島が代打なんて……」

 

水島は今年の春に入学した1年生。

中学時代から注目されていた選手で、全国の高校からスカウトを受けていたそうだ。

どの高校に進学するかスカウトマンたちが期待する中、水島が選んだのは猛牛第四高校。

入学直後からその才能を発揮し、1軍のベンチ入りをした。井上とは、レギュラー枠を争った間柄である。

監督も水島の才能を評価していたが、3年生である井上にとって最後の甲子園になることを考慮し、1年生で今後もチャンスが残されている水島ではなく井上をレギュラーに起用した。

井上はそんな監督の計らいを理解し、感謝していた一方、お情けでレギュラーに選ばれたような惨めさも感じていた。

だからこそ水島以上の実力を示し、本当の意味でレギュラーとして認められたいと思っていた。それなのに水島が自分の代打に入るのは、屈辱に他ならない。

 

監督「水島の技術はすでに甲子園でも通用するレベルだ。正直、単純な野球のスキルだけで見れば、井上より水島の方が上だろう。もしこの試合に勝てれば、次の試合はこれまで通り井上、お前を使ってやる。だからここは、我慢してほしい。チームの勝利のために」

 

井上「…………はぁ?意味わかんねぇんだけど」

 

井上は頭に被っていたヘルメットを床に叩きつけた。

 

井上「なんでチームの勝敗がオレの責任みたいになってるんだよ!チーム全体をまとめる監督であるアンタの責任だろ!今こうして負けそうなのも全て!!」

 

監督「おい……な、なんだお前!オレに向かってその口の聞き方は!?」

 

井上「ていうかさぁ、まず44点差もついてるのおかしくねーか!?バスケの試合じゃねぇんだからよぉ!もっと早くに対策打てよ!6点差くらいつけられた時点で異変に気づけよ!」

 

監督「……ま、まさかうちが無名校に負けるなんて思わんだろう!甲子園の常連校だぞうちは!」

 

井上「そうやって油断してるからこんな大差で負けてるだろ!?アンタの怠慢だよ怠慢!その似合ってねぇブサイクなサングラスで、試合が見えなくなってんじゃねぇのかぁ?」

 

監督「お前……」

 

井上「この際だから言わせてもらうが、アンタ自分のブログに腕組んで偉そうにしてる写真載てるよなぁ?気持ち悪いんじゃ!しかもアンチに粘着されてコメント欄荒らされてんじゃねーよ!」

 

監督「オレのブログは関係ないだろ!」

 

井上「『今日は表参道にあるオシャレなカフェに行ってきました〜』とか書いてんじゃねぇよ!アンタがどこに行こうが誰も興味ねぇんじゃ!アンタの親ですら興味ねぇわ!」

 

監督「ブログってのはそういうもんだろう!いい加減にしろ!」

 

井上「カリスマ野球監督だか何だか知らねーけどよぉ!ブクブクブクブク太りやがって!ここは相撲部屋じゃねぇんだよ!」

 

監督「もう怒った!怒り心頭!井上、お前は二度と使わん!水島!早く準備しろ!」

 

井上「そうかい。構わねぇよ。どうせこのチームはこの試合に負けるからな!……そういえば、さっきアンタ『どんな球なら打てるか』って、オレに聞いてたよな?その答えを訂正するよ。改めてこれが!オレが打てる球だ!」

 

井上はバットをフルスイングし、大きく開いた監督の股間を打ち抜いた。

 

<完>