私の名前はジロギン。

HUNTER×HUNTERなどの漫画考察や、怪談・オカルト話の考察、ヒトコワ話、裁判傍聴のレポートなどを書いている趣味ブログです!

【ハンターハンター】バショウの「我が問いに 空言人が 焼かれ●ぬ」は実現したのか?

f:id:g913:20220825191513j:image

ノストラード組に所属するプロハンターの1人・バショウ。

彼の念能力「流離の大俳人(グレイトハイカー)」は、詠み記した俳句の内容を実現する能力です(諸説あり)。

 

作中では2つの俳句を披露し、そのうちの1つが本記事のタイトルにもある

我が問いに 空言人が 焼かれ死ぬ

でした。

 

しかしこの俳句は、空言人(スクワラ)が正直に自分の正体を明かしたため、条件が満たされず、発動せずに終わりました。

もしスクワラが嘘をついた場合、バショウの詠んだ俳句は実現したのでしょうか?

考察します。

バショウの念能力「流離の大俳人(グレイトハイカー)」をおさらい

「流離の大俳人(グレイトハイカー)」は、バショウの祖国が誇る文学「俳句」を応用した念能力です。

バショウが詠み記した俳句が実現するという、単純ながら恐ろしい可能性を秘めています。

新アニメ版では具現化系に分類されていましたが、実際のところ系統はよくわかっていない、謎能力の1つです。

 

作中でバショウは2つの俳句を披露しました。

1つが、

オレ様が 殴ったモノは みな燃える

 

この句を記した紙を握りしめ、その拳でイスを殴ったバショウ。

すると、イスは火種もないのに燃え上がりました。

本当にバショウの俳句が実現したことになります。

f:id:g913:20220825185609j:image出典:HUNTER×HUNTER8巻P91/冨樫義博/集英社

その直後、バショウは

「くそったれ 燃えがイマイチ 駄作だぜ」

と言っていることから、俳句の出来によって念能力の威力(炎の勢い?)も変わるのだと思われます。

 

そしてもう1つの句が、

我が問いに 空言人が 焼かれ死ぬ

 

意味は「嘘つきは 焦熱地獄に 落ちるわよ」というもの。

この俳句を使って、バショウはノストラード組の採用試験に紛れ込んだ潜入者を割り出そうとしました。

しかし、スクワラが「自分が潜入者だ」と自白し、この句は実現されませんでした。

 

以降、この記事を公開した2022年8月までバショウが「流離の大俳人(グレイトハイカー)」を使ったシーンは描かれていません。

だからこそ、この能力の恐るべき可能性がネットを中心にささやかれています。

 

もしバショウの言った通り「バショウが読んで書いた俳句が実現する」のであれば、願いごとを五・七・五にまとめられれば何でも叶ってしまうことに…

 

例えば、バショウが

オレ様が 殴ったゴンさん 致命傷

などの句を詠み記し、実際にゴンさんを殴れば大ダメージを与えられるのかも……?

「流離の大俳人(グレイトハイカー)」は地味に謎の多い能力ですね

実は「バショウの詠んで書いた俳句が実現する」というのはブラフで、作中で表現した俳句が2つとも火に関する句だったことから「燃やすことしかできないのでは?」という考察も見られます。

「我が問いに 空言人は 焼かれ死ぬ」のか?

では本題に入りましょう!

バショウの「我が問いに 空言人は 焼かれ死ぬ」の俳句は実現したのでしょうか?

人を燃やすことはできる?

この考察は、バショウの「流離の大俳人(グレイトハイカー)」がどんな現象まで実現できるのかが重要になると思います。

 

先ほど記載したとおりゴンさんレベルの使い手でも瞬殺したり、ナニカのようにどんな願いでも実現したりできるのでしょうか…

 

こればかりは今後バショウが能力を使うシーンがあるまで分かりませんが、作中では「イスを燃やす」という現象は実現しています。

ということは、少なくともバショウの「流離の大俳人(グレイトハイカー)」はモノを燃やすことはできるのでしょう。

 

「我が問いに 空言人は 焼かれ死ぬ」も「(嘘をついた)人を燃やす」という現象を実現する俳句だと考えれば、とりあえず人を燃やすことはできたのではないかというのが私の考えです。

俳句のクオリティ的に燃えはイマイチだった?

人を燃やすことはできても、どれくらいの強さの炎を生み出せたのかというと、弱火だったのではないかなと思います。

 

理由は、イスを燃やした後の

「くそったれ 燃えがイマイチ 駄作だぜ」

というバショウの言葉から、俳句のクオリティと炎の威力は比例すると考えられるためです。

 

作中でバショウの詠んだ俳句には季語が入っていません。

季語が入っていない場合、そもそも俳句ではなく川柳ですよね。

「詠み記した俳句を具現化する」のが「流離の大俳人(グレイトハイカー)」の能力(制約)なのだとしたら、川柳だと本来は条件を満たしていないのではないでしょうか。

 

この辺はバショウ自身の思い込みも作用していると思われ、バショウが俳句と思えば川柳でも俳句とみなされるのでしょう。

しかし、俳句の条件である季語が入っていないことや、文学としての深みの無さなども考えると

我が問いに 空言人は 焼かれ死ぬ

で仮に人を燃やせたとしても、やっぱり「燃えがイマイチ 駄作だぜ」という結果になったのではないでしょうか。

燃えても、床にゴロゴロ転がれば消化できるレベルだったかも…?

結論:燃えはするど死にはしない説

バショウの詠んだ「我が問いに 空言人は 焼かれ死ぬ」は

実現するけど人を焼死させるほどの火力は出せない

というのが私の考察です。

 

そもそも「俳句を読むだけ」という軽い制約で人間1人の命を奪うというのは、念能力の法則に反していると思われます。

それが可能なら「流離の大俳人(グレイトハイカー)」はぶっ壊れ能力過ぎますよね。

作中で、直接的に人を死に至らしめる念能力は他に出ていないと思いますし……

 

実際のところバショウは「流離の大俳人(グレイトハイカー)」で人を焼死させることはできないため、イスを殴って燃やすというパフォーマンスを挟み、信憑性を高めようとしたのではないでしょうか。

 

念能力に精通したプロハンターなどであれば「流離の大俳人(グレイトハイカー)」程度の制約で人を死に至らしめられないことは分かるでしょう。

しかしバショウたちをテストしたシャッチモーノとスクワラはアマチュアのハンターで、念能力のレベルも高くはありませんでした。

 

シャッチモーノの風船黒子を殴った段階でバショウは使い手のレベルを見抜き、ブラフでも潜入者を暴けると考えた……

なんて考察をすれば、バショウのプロハンターとしての格は落ちませんかね?